閑話:影の集積所(カイト視点)
深夜の寮の一室。寝静まった女子たちの寝息をBGMに、俺は影から吐き出された「戦利品」の山を眺めていた。
ドサリ、と音を立てて積み上がったのは、複数の貴族や大商人の印章が押された書簡の束だ。 送り主と受取人、そして封蝋を傷つけずに中身だけを写し取った、あるいは現物を掠め取った代物。その内容を精査していくと、頭が痛くなるようなドロドロとした裏側が見えてくる。
「……あー、なるほど。違法薬物の流通ルートか。この貴族が商人に便宜を図り、その商人が『深淵の蛇』の末端と繋がっているわけだな」
情報の精度が、日に日に上がっている。 ふと気になって、作業を続けているリーダーのラット――ランバに問いかけた。
「……にしてもランバ。お前、いつの間に字が読めるようになったんだ?」
「当然でっしゃろ? でなかったら重要な手紙の選別もできまへんわ」
ランバは前足で器用に紙を広げながら、平然と言ってのけた。
「ワテだけやあらへん。子分どもも、コックロ(G)もフライ(ハエ)の上位種も、さらにはモルフォーラ(蝶)も、完全やないにしろ言葉は解るし読めまっせ。……それもこれも、旦さんがワテらに魔力たっぷりの魔物の肉を食わせてくれるからや」
(末恐ろしいな……)
俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
今更ながら、ネズミやコックロといった不快な虫が「一匹もいない家」などこの世に存在しない。もしそれらが言葉を解し、主人が求める情報を正確に理解して持ち帰るのだとしたら――これほど完璧で、かつ絶対に発覚しない情報源は他にないだろう。
これらの情報は、俺からグランヴィル侯爵家(お爺様とお婆さま)へ、二人が精査した後に腰の治療に来た王太后様を経由して王宮へと流される。
情報の出処は伏せられたまま、いくつかの悪徳商会が潰れ、汚職に手を染めた貴族が夜逃げ同然に消えていく。その裏で、それらのカードを「切った」グランヴィル侯爵家の発言力は、日に日に増していく。
そして、その情報の供給源である俺の価値もまた、お爺様の中で揺るぎないものになっていた。
手元にある情報は、薬物や裏金だけではない。 中には王子様たちの夜遊びの癖や、王女様たちの秘密の交友関係といった、文字通り「国家を揺るがす」爆弾も混ざっている。
「……この辺のカードは、切るタイミングを間違えるとこちらが火傷するな」
王室に恩を売るか、それとも弱みを握るか。
アカデミーという、将来の国の中枢が集まる場所にいる間に、俺はできるだけ多くの「カード」を集めることに専念するつもりだ。
「……ランバ。引き続き、王都の『隙間』を見て回れ。特に、最近急に羽振りが良くなった商会と、不自然な夜会を開いている中堅貴族。その辺を重点的にな」 「がってん承知。コックロどもに、ベッドの裏で聞き耳立てさせてきまっせ。……奴ら、そういうの得意ですわ」
ランバが不敵に笑い、影の中に消えていく。 俺は最後に残った手紙を焚き火に投げ入れた。 パチパチと燃える炎を眺めながら、俺は次の獲物を定める。 平和なアカデミー生活の裏側で、俺の影は確実に、そして静かに、この国の「真実」を飲み込み続けていた。




