第六十八話:王都の便りと、母の微笑
学園生活が始まってからの日々は、怒涛のように過ぎ去った。
夜の静寂の中、カイトは机に向かい、ペンを走らせる。宛先は、彼を息子のように慈しみ、育ててくれた恩人——「夕焼けの雁亭」の女将、ベルタだった。
『母さん、お元気ですか。
こちらでの生活にもようやく慣れましたが、想像以上に騒がしい毎日を送っています。
実は僕の出生にまつわる縁で、グランヴィル侯爵家の孫として迎えられることになりました。
お爺様もお婆様も、少しばかり……いや、かなり活動的な方々で、屋敷と学園を行き来する日々です。
さらには、僕の拙い治療術が縁で王太后様や国王陛下とも顔を合わせることになり、今では毎週のように彼らにお茶やお菓子を供しています。
平穏とは程遠い状況ですが、安心してください。僕は僕のやり方で、クラリスお嬢様や、僕を信じてくれる大切な人たちを守っています。
いつか、母さんにも僕が作った「ぷりん」を食べてもらいたいものです——』
手紙を書きながら、カイトはふと窓の外を見上げる。王都の灯りの向こう、見えないけれど確かに存在する人々の笑顔や声。遠くにいる母のことを思い、深く息を吐いた。
数日後。潮風が香る町、「夕焼けの雁亭」では、仕込みを終えたベルタが、届いた手紙をランプの光の下で広げていた。
読み進めるにつれ、眉は驚きで跳ね上がる。しかし次の瞬間、呆れたようでありながらも、誇らしげな笑みが零れた。
「……侯爵家の跡取りになったかと思えば、今度は王太后様の治療に、国王陛下のお相手だって? まったく、あの子の『普通』はどこに行っちまったんだい」
ベルタは手紙を丁寧に折り、エプロンのポケットに仕舞う。窓を開け、カイトがいる王都の方向——夜空にひときわ輝く一番星を見つめた。
「……いろいろあったんだねぇ。まあ、あの子は私の自慢の息子だ。どこにいたって、どんな大層な相手が目の前にいても、あの子ならやるべきことをしっかりやるだろうさ」
鼻を鳴らして満足げに息を吸い込み、ベルタはひとつつぶやいた。
「カイト。あんまり偉くなりすぎて、私のところに帰ってくるのを忘れるんじゃないよ」
遠く離れても、母の揺るぎない信頼は、王都の喧騒の中で奮闘するカイトの心に確かな錨を下ろす。
母の微笑みと、息子の真っ直ぐな覚悟。二人の絆は、混乱する世界の中でも変わらず、強く結ばれていた。




