第六十七話:鉄壁の守護者と、揺るがぬ審美眼
隣国の大使館が恐怖に震える中、たった一人、別の戦いを挑む愚かな令嬢がいた。
北の小国の息がかかった、学園でも指折りの美貌を誇る留学生フェリシア。力による奪取を諦めた彼女は、妖艶な微笑みと計算された仕草で、カイトを「篭絡」しようと動き出した。
中庭の木陰で読書をしていたカイトの前に、フェリシアがふわりと現れる。
肩からストールを落とし、潤んだ瞳でじっと見つめるその距離は、吐息が届くほど。並の男子生徒なら鼻血を出して倒れる光景だ。
「カイト様……。この魔導書の内容が難しくて。貴方のような優秀な方に、手取り足取り……教えていただけませんか?」
しかしカイトの内心は、驚くほど凪いでいた。
(……この魔導書の基礎がわからないなら、初等部の図書室で学ぶべきだな。それに、この香水の香りは少しきつすぎる)
学園の女子生徒はもはや、カイトにとって「親戚の子供」か「守るべき対象」にしか見えていない。絶世の美女が誘惑してきても、彼の脳内変換はこうだ。
(美人なのは認める……が、年齢差を考えると娘……いや、孫の世代に手を出しているような背徳感しかない。それに比べ、俺の隣で騒ぐ「あの娘」の愛嬌には敵わん)
「申し訳ありません。私はメスチノ家の従者ですので、他の方の『手』を取る余裕はありません」
カイトは事務的な微笑み一つで、フェリシアのハニートラップを完璧に受け流す。
その様子を木の上から見下ろしていたランバは、ペッと種を吐き出す。
「……やれやれ、色仕掛けか。旦さんには逆効果やっちゅうに。おい、お前ら、この女の裏、全部洗え」
ランバの報告は即座にオズワルド、そして王宮へ届く。
アルフレッド王の「影」は、ランバたちが掴んだ証拠——通信記録や資金源——を元に、翌朝にはフェリシアを「家庭の事情による急な帰国」という名目で、王都から音もなく排除した。
放課後、偵察報告を聞いたクラリスは、むうっと頬を膨らませ、カイトに詰め寄る。
「カイト! お昼にあの留学生と仲良くなさっていたんですって!? 鼻の下を伸ばしていたでしょう!」
「クラリス、人聞きの悪いことを言うな。向こうが勝手に寄ってきただけだぞ」
カイトは苦笑しながら、クラリスのために好みの温度で淹れた紅茶を差し出す。
「学園には美少女や美人が溢れていますが、俺にはクラリスが一番可愛らしく見えるがね。他の生徒は、どうしても子供っぽくてな……食指が動かない」
「しょ、食指……!? なにを破廉恥なことを!」
クラリスは真っ赤になって「フン!」とそっぽを向く。
だが、カイトから見えない位置で、彼女は小さく笑みを浮かべる。
(……一番、ですって。ふふん)
胸の鼓動を押さえ、必死に自制するクラリス。
カイトの「枯れた大人の余裕」は、本人が自覚している以上に、クラリスの心をがっちりと掴んで離さないのだった。




