第六十五話:黄金の菓子の盾、あるいは王の逆鱗
「グランヴィルの黄金菓子」を巡る狂乱は、ついに国境を越えた。
王宮での晩餐会でその片鱗を味わった他国の使節団が、外交儀礼を無視してグランヴィル侯爵邸へ直談判に押し寄せたのだ。
「グランヴィル侯爵! 我が国の王もこの菓子の噂を聞き及んでいる。親善の印として、そのレシピ、あるいは職人を譲っていただきたい!」
門前に並ぶ豪華な馬車と鼻息荒い使節たち。応対に現れたオズワルドは、愛剣の手入れすら止めず、冷淡に言い放つ。
「帰れ。これは我が家の味であり、王家の味だ。王の許可なく供するなどできん。どうしても食いたいのなら、王に許可を得られるほどの功績を積み、叙勲晩餐に招かれることだな。菓子一つに命を懸ける覚悟があるのならの話だ」
凄まじい武人の威圧に、使節たちは言葉を失い、逃げ去った。
国内の貴族たちも納得がいかない。ある者が不躾に問う。
「失礼ながら侯爵。何の功績もなしに、なぜ貴殿の家だけが王家と同じ特権を許されるのですか? 裏で王を動かす功績でも……」
オズワルドは、カイトに治療されて強靭になった足取りで一歩近づき、その貴族を見下す。
「功績だと? そんなことを知ってどうする。理由もわからぬ者に言っても無駄だ。さっさと帰れ。庭の芝生が汚れる!」
舞台は王宮の謁見の間。空気を読めぬ貴族たちが、アルフレッド王に詰め寄る。
「陛下、不公平にございます! 何の功績も報告されていないグランヴィル侯爵が、なぜ王家秘蔵のスイーツを独占できるのですか! 我らにもその恩恵を――」
王は、カイト譲りのレシピで作らせたボナール特製スイーツを口に運ぶ。ゆっくり顔を上げ、その瞳は笑っている。しかし纏う空気は、極北の吹雪のように冷たい。
「……王宮で最近変わったことに、グランヴィル侯爵が深く関わっている。それにすら気づけぬ鈍感さで、よくも私の前に立てたものだね」
低く響く王の声。
「一つ言っておこう。そのレシピは王宮で生まれたものではない。私が頭を下げて請い、売ってもらったものだ。私の大切な私財を、脇から勝手に掠め取ろうとするなら、たとえただの菓子でも、それは反逆と同じだ。わかるね?」
貴族たちは一斉に血の気を引かせ、床に額を擦りつける。
「グランヴィル侯爵からも『甘い食べ物に集まるハエが多くて困る』と苦情が届いている。あまり五月蝿いようなら、ハエ叩きを振るわねばならん。……さて、どこの領地を没収して秋の狩場にしようかな?」
王の冗談めかした宣言に、謁見の間は凍りついた。
その頃、グランヴィル邸では。
「ハエですか。お爺様も言い草が酷いですね」
カイトは呆れた顔で笑いながら、クラリスのために新作ケーキを切り分ける。
「でも、おかげで変な勧誘はピタリと止まりましたわ。王家とグランヴィル家の『不可侵領域』。なんだか、とっても素敵な響きですこと」
クラリスは、王族と自分たちしか味わえない優越感を噛み締めつつ、至福の表情でフォークを運ぶ。
王と猛将、二人の最高権力者が、「カイトという平穏」を守るために振るった力は、結果としてカイトとクラリスの絆を、より強固なものへと変えていったのだった。




