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第六十一話:禁断の黄金菓子と、侯爵邸の平和な午後

 王太后の訪問を数日後に控え、カイトは厨房に立っていた。

 作るのは、この世界には存在しない未知の菓子——プリンである。

 卵と牛乳、砂糖というシンプルな材料ながら、火加減一つで魔法のような食感に変わるその菓子。仕上げに琥珀色のキャラメルソースをかけると、宝石のような輝きを放った。

「さあ、試作品です。毒見をお願いします」

 カイトが皿を並べた瞬間、背後で待機していた二人の目が鋭く光った。

「いただくわ! ……んんっ!? なんですの、このとろけるような食感は! 甘い、甘いですわカイト! ほろ苦いソースが絶妙に絡んで……止まりませんわ!」

「お姉ちゃんずるい! アウラも食べる! ……わあぁ! ぷるぷるしてる! お口の中で消えちゃった! お父さん、これバケツ一杯分作って!「

「アウラちゃん、バケツは下品」すわよ! カイト、おかわりを。私の分を優先なさい!」

「だめ! アウラの方がお腹空いてるもん!」

 クラリスとアウラ(人型)が、最後の一つを巡って火花を散らす。その様子を、ルーヴが「主の菓子は魔力回復にも良さそうだな」と冷静に、しかししっかりと自分の分を確保しながら眺めていた。


 そして迎えた訪問当日。王家の紋章が入った馬車から降り立った王太后は、グランヴィル邸の庭園に足を踏み入れた瞬間、目を丸くした。

「……あら、あそこにいる美しい娘さんはどなた?」

「ああ、あれはカイトの従魔のアウラ、それとルーヴでございます」

オズワルドの紹介と共に、人型のアウラが空高く跳躍し、空中で一瞬だけ巨大な黄金の翼を広げて見せた。さらに、銀髪の美女メイド姿のルーヴが、音もなく王太后の前に跪き、完璧な所作で膝掛けを差し出す。

「……伝説のグリフォンと、魔狼王。それらを人の姿で従え、あのような『神の舌』を持つ菓子を作るとは。カイト、貴方は本当に底が知れないわね」

 王太后は驚きを通り越し、愉快そうに声を立てて笑った。


午後の庭園は、春の陽光のような穏やかさに包まれていた。  特設されたティーテーブルには、カイト特製のプリンと、マリーが焼いた伝統的なクッキーが並んでいる。

「カイト、お代わりを持ってきなさい!」

「はいはい、お嬢様。……王太后様、お口に合いましたか?」

「ええ。この『ぷりん』というお菓子、病みつきになりそうだわ。マリー、貴方は本当に果報者ね」

「ふふ、そうでございますわね。カイトが来てから、この家には笑い声が絶えませんの」

 マリーと王太后は、まるで昔からの親友のように腰痛の改善具合を報告し合い、時折オズワルドが「儂の膝もこの通りだ」と自慢げに脚を叩く。

 そのすぐ傍らでは、アウラが蝶を追いかけて芝生を駆け回り、ルーヴは主であるカイトの影に寄り添うようにして静かに控えている。クラリスは、少し照れくさそうにカイトの隣を陣取り、「私のカイトなんですのよ」と言わんばかりの誇らしげな笑みを浮かべていた。

 呪いや陰謀に満ちた王宮とは対極にある、暖かな時間。  カイトは、茶を注ぎながらその光景を眺めていた。自分が守りたかったのは、この穏やかな空気なのだと再確認しながら。

「……旦さん、ええ光景や。毒気が抜けますわ」  天井裏の影から、ランバが満足げに独り言を漏らす。

 こうして、王太后の訪問は「公務」であることを忘れさせるほどの平和な一日として、グランヴィル家の歴史に刻まれることとなった。

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