第六十話:王宮の闇と、呪いの帰還
王宮、王太后の寝所。そこには重苦しい沈黙と、薬草の饐えた匂いが立ち込めていた。ベッドに横たわる王太后の傍らには、白衣を纏った王宮医師団が居並び、カイトを冷ややかな目で見下している。
「オズワルド侯爵、冗談も休み休み言いたまえ。このような子供が、我々医師団でも匙を投げた王太后様の病を治すと?」
「子供のままごとを王宮に持ち込まれては困る。陛下も人が悪い」
嘲笑を隠そうともしない医師たちを無視し、カイトは静かに王太后の傍らに膝をついた。彼女の細い体に触れた瞬間、指先から伝わる異質な違和感。それは、単なる老化による骨の歪みではなかった。
「……なるほど。そういうことですか」
「何がだ?」
医師の一人が問い詰めるより早く、カイトの手が王太后の腰に置かれた。一瞬、カイトの手のひらから黒い霧のようなものが弾け飛ぶ。
「ぐあああああああっ!?」
悲鳴を上げたのは王太后ではなく、先ほどまでカイトを嘲笑っていた医師の一人だった。彼は腰を押さえ、泡を吹いて床をのたうち回る。
「な、何事だ! 何をした!」
「何もしていませんよ。……ただ、彼女の『骨の歪み』に偽装されていた呪いを、正しい持ち主へお返ししただけです。呪いというものは、解かれればかけた者に帰る。道理でしょう?」
冷徹なカイトの言葉に、周囲の医師たちが顔を青ざめさせて後ずさる。のたうち回る男の姿は、自白も同然だった。
「……連れて行け。沙汰があるまで地下牢へ放り込んでおけ」 オズワルドの低く鋭い命令に、控えていた衛兵たちがすぐさま動いた。
カイトはそのまま施術を続け、呪いによって不自然に曲げられていた骨格を一つずつ、丁寧にあるべき場所へと戻していく。
やがて、王太后が深い溜息と共に目を開けた。
「……ああ、こんなに晴れやかな気分なのは、一体いつ以来かしら」
彼女は自分の手足を動かし、痛みが消えたことに驚きを見せる。
「カイトと言ったわね。ありがとう。……オズワルド、この子は何者なの?」
「あまり知られてはおりませんが……私の孫になります。一人で生きて行く間に身につけた術のようです」 「……凄い子なのね。本当に、ありがとう」
「お役に立てて良かったです。ですが、まだ何度か治療が必要でしょう。……もしよろしければ、グランヴィル侯爵邸に遊びにいらっしゃいませんか?」
カイトの唐突な誘いに、オズワルドがじろりと孫を睨む。しかしカイトは構わず続けた。
「あそこには美しい庭がありますし、同年代のお爺様やお婆様も居ます。たまに、見たことも無いような生き物も紛れ込んでいるかもしれませんが、それなりに楽しめると思いますよ」
「……あら、いいかしら?」
王太后の期待に満ちた眼差しに、オズワルドは観念したように頷いた。 「ええ、どうぞ。マリーも喜ぶでしょう」
王宮を辞した帰り道。馬車の中でオズワルドが口を開いた。
「……なぜあんなことを言った。王太后様を自宅へ招くなど、並の神経ではできんぞ」
「同じ場所にいてもらう方が治療がしやすいからです。他意はありませんよ、お爺様」
「まあ、確かに外に出る理由にはなるな。呪いをかけるような者がいる王宮にいるよりは、我が家の庭の方が安全か」
オズワルドはふっと表情を緩めた。
「お茶会のようになるだろうな。マリーが張り切るぞ」
「お茶会なら、僕もお茶菓子でも作りましょうか?」
「お前にできるのか?」
「多少は」
カイトはにこりと、どこか楽しげに笑った。
王太后という最強の後盾を得る準備は整った。カイトの脳裏には、驚くクラリスや、お菓子を狙って寄ってくるアウラたちの騒がしい日常が、既に描き出されていた。




