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第五十七話:猛将の歩みと、最強の差し入れ

 その日の王立アカデミーは、かつてない静寂と戦慄に包まれていた。

 校門の前に現れたのは、当代随一の権力者にして伝説の武人、オズワルド・グランヴィル侯爵。そして、社交界の生ける伝説であるマリー夫人。

 驚くべきは、長く病床に伏し、歩行も困難と言われていたはずのオズワルドが、杖も突かずに力強い足取りで、凛として石畳を闊歩していることだった。

「おい、あれを見ろ……グランヴィル侯爵だぞ」

「歩いている……! 全盛期の『鬼神』が戻ってきたみたいだわ……」

 野次馬たちが遠巻きに見守る中、夫妻は何の迷いもなく、中庭のテラス席でクラリス、ニーナ、そして給仕をしていたカイトの元へと真っ直ぐに向かっていった。


 カイトが異変に気づき、振り返る。

「お爺様、お婆さま? なぜこちらに……。事前のご連絡もなしに」

「はっはっは! カイト、不意打ちこそ戦の基本だ。今日はマリーが焼いたクッキーと、我が家の蔵出しの最高級紅茶を持ってきたぞ!」

 オズワルドがカイトの肩をガシリと掴む。その大きな手のひらからは、孫に対する隠しきれない愛情と誇らしさが溢れていた。周囲の生徒たちは、カイトが侯爵を「お爺様」と呼び、侯爵がそれを当然のように受け入れている光景に、顎が外れんばかりに驚愕している。

「あらあら、クラリスさんもお元気そうね。モルフォーラをちゃんと可愛がってくれているかしら?」  

 マリーが優雅にクラリスの髪に触れる。

「あ、はい! お婆さま、大切にしておりますわ!」

 クラリスもまた、照れながらも幸せそうに微笑んだ。


 マリーは不意に視線を上げ、遠巻きに見ている生徒たちを一瞥した。その微笑みは美しいが、瞳の奥には「孫に手を出す者は許さない」という静かな、しかし確実な威圧が宿っている。

「皆様、ごきげんよう。……うちのカイトが、いつもお世話になっておりますわ。この子はグランヴィル家の宝ですから。もし、この子やクラリスさんに何か不都合なことがあれば、いつでも私か主人に仰ってくださいね? 直接、我が家が対処いたしますから」

 その言葉の裏にある「バロウズ伯爵の二の舞になりたい者は名乗り出よ」というメッセージを、聡い生徒たちは敏感に察知した。

 カイトが侯爵家の正統な孫であり、さらにその健康を劇的に回復させた「奇跡の主」であることを、夫妻は全校生徒の面前で、これ以上ない形で証明してみせたのだ。

「……旦さん、これはもう『隠居』どころちゃいますわな。王都中の貴族、全員でビビってますやん……」

 天井裏からランバが呆れたように呟く。


「……お爺様、お婆さま。差し入れはありがたいですが、少し目立ちすぎです」

 困り顔のカイトに対し、オズワルドはガハハと笑い、マリーは楽しげにクッキーの籠を広げる。

 そして、カイトたちとルーヴが淹れたお茶を楽しみ始めるのだった。

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