第五十四話:説教と正座
「お嬢様も、主の香りに包まれてみませんか? 心が安らぎますよ」
ルーヴはカイトの顔を胸元に沈めたまま、さらに悪乗りを加速させた。空いた片腕をクラリスへ差し出し、あろうことか「こちら側」へ引き込もうと誘惑の言葉を口にする。
「な、ななな……何を破廉恥なことを! 誘わないでくださいまし! ……い、いえ、でも、安らぐというのは一理ありますわね。……って、私まで何を言ってますの!」
混乱の極みに達したクラリスが、恥ずかしさと好奇心の間で悶絶していると、ついに限界に達した「獲物」が動いた。
「……いい加減にしろ」
カイトがルーヴの腕を強引に振りほどき、立ち上がる。その周囲には、普段の冷静さを超えた絶対零度の冷気が漂う。
「全員、そこに座れ」
その一言には、有無を言わせぬ支配者の響きがあった。
数分後。寄宿舎の床には、三人の美女(?)が神妙な面持ちで正座していた。
一番左に、人型でしおらしくしているアウラ。
中央に、狼の手を膝の上に揃えて無表情を貫くルーヴ。
そして一番右に、お嬢様としてのプライドを捨てきれず、しかしカイトの形相にビビって小刻みに震えるクラリス。
カイトは教鞭の代わりに丸めた書類を手に、彼女たちの前をゆっくりと往復する。
「まずルーヴ。お前は度を越しすぎだ。主従のスキンシップに『顔を埋める』などという項目はない。次やったら一週間、影から出すのを禁じるぞ」
『……御意。少々、主の弾力が心地よかったもので』
「次にアウラ。お前もだ。ルーヴがやっているからといって、便乗して反対側の腕を引っ張るな。お前は風の眷属だろ。もう少し優雅に振る舞え」
『はーい……お父さん、ごめんなさい』
「そして、クラリス」
「ひ、ひゃいっ!」
カイトの矛先が自分に向き、クラリスが裏返った声を出す。
「クラリスも、煽られて流されないでください。ここは学校の寄宿舎です。もし誰かに見られたら、メスチノ家の名誉はどうなると思っていますか。もっと自覚を持ってください」
「ううっ……。だ、だって、カイトがとられそうだったんですもの……」
ひとしきり説教を終えたカイトは、深く溜息をついた。
「反省の色が見えるまで、今夜の夕食は『野菜スティック』のみにします。あとの肉料理は、天井裏のランバに全部あげます」
「「「そんなぁーーーーー!!!」」」
三人の悲鳴が重なる中、天井裏からは「ヒヒッ! 旦さん、話がわかるわぁ!」とランバの勝ち誇ったような笑い声が聞こえてきた。
「婚約の予約」をしてからというもの、カイトの仕事は護衛や家事よりも、むしろ「幼稚園の先生」に近いものへと変貌しつつあった。




