第六話:銀貨の重みと、姐御の誘い
「あの姿で……本当に門前払いされなかったかしら……」
ミランダは受付カウンターの端で、落ち着きなく入口へ視線を送っていた。
煤にまみれた、あの少年の姿。良家の邸宅を訪ねるには、あまりにも不釣り合いだった。
せめて身なりを整えるよう、一言添えるべきだったか――。
そう思った、その瞬間。
ギルドの重厚な扉が開いた。
入ってきたのは、見違えるほど凛とした少年だった。
「……カイト、君なの?」
思わず声が裏返る。
仕立ての良いリネンのシャツにベスト。清潔な身なり。
そして肩には、同じ青い服を着たラット。
「マリアさんのご子息の服だそうです。依頼を終えたお礼に」
「……その姿なら、問題は起きないわね」
ミランダは胸を撫で下ろした。
「正直、朝のままだったらどうなっていたか……ハラハラしていたのよ」
その言葉に、カイトは無言で半目になる。
(……先に言ってほしかったな。もう十分、マリアさんに叱られた後だ)
そんな内心を知る由もなく、ミランダは差し出された依頼票に目を落とし――固まった。
「……え?」
「もう、終わったの?」
「はい」
「……まだ、数時間しか経っていないわよ?」
票の端には、マリアの流麗な文字で追記があった。
「銀貨……四枚?」
ミランダは思わず声を上げた。
「破格よ。しかも一人分。パーティーで分ける必要もない、まるごと君の取り分……一体、どうやって?」
「そうなんですか?」
相場を知らないカイトが首を傾げると、ミランダは勢いよく身を乗り出す。
「そうなのよ! 七歳の子が、一日で稼ぐ額じゃないわ!」
(……なるほど)
カイトは、腰の巾着に伝わる重みを確かめた。
この感触は知っている。
重いのは、金属ではない。責任だ。
説明を避けるように口を閉ざすと、彼は掲示板へ歩き、三枚の依頼票を抜き取って戻ってきた。
「……まだ、やるつもり?」
「ええ。とりあえず、自立したいので」
その声音に、子供らしい高揚はない。
あるのは、明日を生きるための、切実な合理性だけ。
ミランダは胸を打たれ、思わずその頭を撫でた。
「……分かったわ。頑張ってきなさい。手続きは私がやっておく」
それから数時間。
カイトは影の従魔を使い切り、さらに三件の「探し物」を完遂した。
夕闇が街を包む頃には、息が上がっている。
(五件が限界か……この体じゃ)
肩で息をしながら、彼は冷静に自己診断を下す。
効率より先に、肉体管理が必要だ。
最後の報酬を手渡しながら、ミランダがふと真剣な目で尋ねた。
「……カイト君。今、どこに住んでいるの?」
「街外れの、崩れた廃屋です。親も家もありません」
「……え?」
次の瞬間。
「崩れた家ですって!?」
ギルド内に、ミランダの声が響いた。
「だから、この報酬で――」
カイトは淡々と続ける。
「朝晩の食事が付いて、子供一人でも安心して泊まれる宿に移りたいんです。……心当たりは、ありませんか?」
ミランダは言葉を失った。
金の使い道。未来への視線。
どれも、飢えた孤児のそれではない。
(……この子は、放っておけない)
胸の奥で、強烈な保護欲が燃え上がる。
「――任せなさい!」
ミランダは自分の胸をどん、と叩いた。
「もう少しで交代の子が来るわ。そうしたら、私が直接、宿まで案内する。いいわね?」
「……ありがとうございます」
カイトは、かつて患者に向けていたような、穏やかな笑みを浮かべた。
窓の外。沈みゆく夕日が、青いベストを着たラットの毛並みを金色に縁取る。
瓦礫の山で眠る夜は――今日で終わりだ。
やがて、ミランダは町娘風の私服に着替えて現れた。
「制服はこれ。仕事が終われば、ただの女よ」
そう言って歩き出す背中は、頼れる「姐御」そのものだった。
(……意外と行動派だな)
カイトはその背を追い、夕暮れの街へと足を踏み出す。
次に待つのは、寝床と、日常。
それは戦場よりも、ずっと大切な場所だった。
拙い作品を読んでいただきありがとうございます。




