第五十一話:従者の受難と、影のハーレム
王立アカデミーに戻った二人の日常は、一見すると以前と変わらないように見えた。
人前では、カイトは一歩下がって控える「完璧な従者」であり、クラリスは気高く美しい「伯爵令嬢」だ。だが、寄宿舎の自室の扉が閉まれば、そこには甘く、時に騒がしい時間が待っていた。
「カイト……お茶、もう一杯淹れてくれません?」
ソファに座るクラリスは潤んだ瞳で見上げる。その髪には、カイトが贈った「婚約の予約」の証、青い蝶モルフォーラが宝石のように輝いていた。
「はい、お嬢様」
「もう、二人きりの時はその呼び方はやめると言いましたわ……ねえ、こっちに来て隣に座って。今日はお勉強で疲れましたの」
かつての高飛車な態度は影を潜め、今のクラリスは隙あらばカイトの体温を求める甘えん坊と化していた。
だが、その甘い時間を黙って見ていられない者たちがいた。
『ずるい! お父さん、アウラも抱っこ! お肉よりお父さんがいい!』
バサリと影から飛び出したのは、エメラルド色の髪を持つ美少女――人型のアウラだ。クラリスの反対側に強引に抱きつき、頬をすり寄せる。
「……えっ? ええっ!? 何ですの、この可愛い女の子は!?」
「ああ、説明していませんでしたね。アウラです。魔力が安定すれば、人型の方が楽なのだそうで」
「アウラちゃんが、こんな美少女に……!? カイトに抱きつきすぎですわ!」
『……主よ。我も、今日一日の警護の報告をせねばならぬ。主の膝の上が最適だと思います』
影から黒い霧が立ち上ると、そこには銀髪を長く流した凛々しい美女――ルーヴの人型が現れた。
「…………はああああああっ!?」
「ルーヴ!? あの白銀の狼が、こんな非の打ち所のない美女に……!?」
「ええ。ルーヴはメスです。……おいルーヴ、あまり密着するな」
「我の忠誠心は、物理的距離に比例する。譲れぬ」
ルーヴは涼しい顔を保ちながらも、その豊かな胸元をカイトの背中に押し付け、背後から彼を包み込む。
『お姉ちゃんこそ離れてよ! お父さんはアウラのものなんだから!』
『左様。主の右腕は常に我の守護範囲。譲れぬ』
伯爵令嬢、風の眷属の少女、そして伝説の銀髪美女――カイトを中心に「美女たちのお団子状態」が展開される。
両腕は塞がれ、背後は柔らかく固められ、カイトは溜息をつくしかなかった。
天井裏で様子を窺うランバは、深く煙を吐き出す。
「……やれやれやな。旦さんも、世界を滅ぼせる戦力を手なずけてこれとは、因果な話やわ。お嬢さんも、性格の違う強力なライバル二人に囲まれて、前途多難ですなぁ」
カオスの中でも、カイトの手は抜かない。
クラリスの頭を撫で、アウラの背を叩き、ルーヴの銀髪を整える。甘く騒がしい、けれど確かな絆の時間――それが二人と三体の従魔の生活だった。
(……卒業まで、俺の精神は持つだろうか)




