第四十九話:究極の妥協案と、秘密の庭園
定期的な経過観察を終え、室内には穏やかで、どこか熱を帯びた空気が流れていた。
カイトによる微細な骨格修正は、オズワルドとマリーの肉体を劇的に若返らせている。
「ああ、気持ちいい。最近は朝練を再開したのだ。お陰で飯も美味い。ほら……」
オズワルドが誇らしげに力こぶを見せると、マリーも微笑んだ。
「カイトに体を触ってもらうと、気持ちよくてたまらないわ。本当の孫にこうしてもらえるなんて、天にも昇る気持ち」
カイトはいつものように淡々と応じる。
「それは良うございました」
「……そんな言い方はダメよ。外ではないのだから、お婆さまでしょ?」
マリーが甘えるように言うと、カイトは静かに頷いた。
「わかりました。……お婆さま」
「キャッ……嬉しい!」
少女のように喜ぶマリー。オズワルドも身を乗り出す。
「それならば……儂は?」
「お爺様、でしょうか」
「うむうむ、それで良い!」
そんな睦まじい光景の中、マリーがふと確信に触れる問いを投げかけた。
「ところで。カイトが侯爵家の後継ぎになったとして……クラリスはどうするの?」
隣でクラリスが肩をビクッと揺らす。彼女にとって、カイトが侯爵家に戻ることは、自分の従者を失うことに直結しかねない懸念だった。
「簡単な方法を教えましょうか?」
マリーがいたずらっぽく微笑む。
「はい、どのようにすれば?」
「カイトとクラリスが結婚して子を二人作ればいいのよ。クラリスの父、ジーグムント様はまだ若い。引退する頃には、一人をメスチノ家の、もう一人をグランヴィル家の跡継ぎにすれば万事解決。私はひ孫が抱けるしね」
「えっ……」
カイトの無表情な顔を盗み見た後、クラリスの顔が真っ赤に染まる。
「え、え、え、ええええーーーっ!?」
直球すぎる案に、部屋の窓が振動するほどの叫び声を上げるクラリス。
カイトは冷静に、「あくまで案ですよね」と返すが、マリーの目は本気だった。
「さて、これほど良くしてもらったのだ。褒美をやらねばな。何かないか?」
上機嫌なオズワルドに、カイトは庭園を見やりながら答えた。
「お願いがあります。ここに来る時だけで構いません。従魔たちをこの庭で自由にさせていただけないでしょうか? アカデミーでは周囲の目もあり、なかなか外で遊ばせられません。特にグリフォンのアウラや魔狼王ルーヴたちは大きく、窮屈な思いをしています」
「なんだ、そんなことか!」
オズワルドが豪快に笑う。
「孫が言うことは、無理難題でなければ聞かねばな」
「そうですわ。これを受け入れておけば、カイトとクラリスがここに来る機会も増えますもの」
爺婆愛が炸裂した瞬間、許可が下りた。
「アウラ、ルーヴ。出てこい」
カイトが合図すると、影が大きく盛り上がり、暴風と共にアウラが真の姿を現す。
続いて銀色の巨体を持つルーヴが地を蹴って現れた。
『わーい! お庭だ! お父さん、飛んでもいい!?』
『……ふむ。我が主の祖父母の地か。警護し甲斐がある』
普通なら失神するような光景だが、侯爵夫妻は「あらあら、いい子たちねぇ」と、まるでおもちゃを与えられた子を見るような目で見つめている。
こうして、カイトとクラリスは従魔たちの「放牧」を理由に、頻繁にグランヴィル侯爵邸へ通うことになった。
クラリスはマリーに「ひ孫」の話を振られるたびに真っ赤になり、カイトは従魔たちが庭を荒らさないかハラハラしながら、秘密の家族の時間を重ねていく。
「何ですか、お嬢様」
「さっきの……お婆さまの話ですけれど」
クラリスは一度立ち止まり、深く息を吸い込む。夕焼けが頬を赤く染める。
「……あ、案としては、悪くないと思いますの。メスチノ家とグランヴィル家が結ばれれば、これ以上ない後ろ盾になりますし。……その、私としても、あなたがどこかへ行ってしまうのは耐えられませんから」
カイトは足を止め、黙って彼女の言葉を待つ。
「ですから……その……。あ、あの話、本気で考えてもいいですわよ。……い、いえ! むしろ、あなたが私の夫になれば、一生そばで仕えることになるのですから、効率的ですわ! そうでしょう!?」
最後は照れ隠しで高飛車な口調に戻ったが、瞳は潤み、カイトの反応を恐れるように震えていた。
カイトは真っ直ぐに彼女を見つめた。
前世の知識を持ち、冷徹に効率を求めてきた彼にとって、感情は時にノイズでしかなかった。
だが、この世界で出会った、不器用で真っ直ぐな少女の熱量だけは無視できない。
「……お嬢様。私は、あなたの従者です」
カイトは一歩、距離を詰める。クラリスの肩がビクッと跳ねる。
「家柄や後継ぎの問題など関係なく、私は私の意思で、あなたを選びます。……望むなら、その『案』を現実にするため、あらゆる障害を排除しましょう」
「……本当ですの?」
「ええ。ですが、お嬢様」
少し意地悪く口角を上げる。
「結婚となれば、今までのような主従関係では済みませんよ? 公私ともに、文字通り一生束縛することになりますが……覚悟はできていますか?」
「っ……、そ、そんなの……! 望むところですわ!」
クラリスは顔を真っ赤にし、勢いよくカイトの胸に飛び込んだ。
カイトは少し戸惑いながらも、静かに、力強く抱きとめた。
「旦さん、隅に置けまへんなぁ」
影の中からうランバの茶化す声が聞こえた気がしたが、カイトは無視して、夕暮れの庭園に広がる静寂を噛み締めた。




