第四十八話:武術大会の嵐と、侯爵の直球
王立アカデミーの演武場。年に一度の「武術大会」の当日、会場は異様な熱気に包まれていた。
この大会は、貴族の子息だけでなく、その「従者」の参加も認められている。主人の実力を誇示するための代理戦争であり、同時に優秀な人材を見出すスカウトの場でもあった。
しかし、観客席のざわめきは大会そのものよりも、来賓席に並ぶ「ある夫婦」に向けられていた。
「おい、見ろ……グランヴィル侯爵夫妻だぞ」
「長く病に伏せっていたと聞いていたが、揃って観戦に来るなんて……」
「跡継ぎがいないあの家だ。いよいよ養子でも探すつもりか?」
杖を置いたオズワルド侯爵と、顔色の良いマリー夫人が並んで座る。その視線は、ただ一人の少年――メスチノ家の従者として列に並ぶカイトだけに注がれていた。
大会が始まると、カイトの独壇場だった。
剣を抜くことすら稀で、相手が名門の護衛騎士であろうと、上位クラスの特待生であろうと、その攻撃はカイトの影に吸い込まれるようにかわされる。
「次、来てください」
カイトが短剣の峰で軽く突くだけで、大男たちが木の葉のように舞い、演武台から転げ落ちる。魔法も介さない、洗練された体術と完璧な間合いの管理。
決勝戦。相手は王都でも剣豪と名高い子爵家の長男だったが、カイトは彼が剣を振り下ろす瞬間に懐へ潜り込み、柄の一撃で意識を刈り取った。
静まり返る会場。審判が呆然と「……勝者、カイト!」と宣言したその時だった。
来賓席から、朗々とした声が響き渡る。
「素晴らしい! さすがは、私が見込んだ若者だ!」
立ち上がったのはオズワルド侯爵だった。周囲の貴族たちが度肝を抜く中、演武台の上のカイトを指差して堂々と宣言する。
「カイトよ! その実力、その立ち振る舞い。我がグランヴィル侯爵家の跡継ぎに、……いや、私の『養子』にならぬか!?」
会場が、今日一番の叫び声に包まれた。
「侯爵家が……あの従者を養子に!?」
「ただの従者が、一気にこの国の頂点に立つのか!?」
クラリスは応援席で「ええっ!?」と立ち上がり、顔を真っ赤にしてカイトを見ている。
だが、注目の的であるカイトは、肩をすくめると観客席の侯爵に向かって深々と一礼した。
「……光栄な申し出ですが、侯爵様。僕はまだ、メスチノ家での仕事(家事と勉強)が残っていますので。そのお話は、また後日、ゆっくりと」
この場での決定を避ける、あまりにマイペースな回答。だが、この瞬間、カイトの名は王都中の貴族の脳裏に刻まれた。「メスチノ家の有能な従者」は、今や「最も高貴な血筋を継ぐ可能性を持つ、最強の青年」として認識されてしまったのだ。
「カイト! あなた、断るにしてももっと言い方がありますわよ!」
駆け寄ってきたクラリスが叫ぶ。
「お嬢様、早く帰りましょう。……夕食は侯爵家からの差し入れの高級肉を焼く約束ですから」
騒乱を背に、カイトはいつものようにクラリスをエスコートして歩き出す。
『旦さん、王都中の貴族が腰抜かしてまっせ!』
影の中ではランバが腹を抱えて笑っていた。




