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第五話:深紅の記憶と影の探索

 石畳の喧騒から切り離されたような一角に、その家はあった。

 蔦の絡まる外壁と、手入れの行き届いた小庭。かつてこの家に、確かな地位と穏やかな時間があったことを静かに語っている。

「……リーダー。少しの間、影に隠れていてくれ」

 肩の上の温もりが名残惜しそうに身じろぎし、影へと溶けた。

 カイトは衣服の埃を軽く払うと、重厚な玄関扉を叩く。

「……どなたかしら」

 鈴を転がすような、しかし芯のある声。

 扉の向こうから現れたのは、柔和な皺を刻んだ老婦人――マリアだった。

 煤けた少年の姿に、彼女は一瞬だけ目を見開く。

「あら……。そんなに小さな子が、私の依頼を?」

「初めての仕事ですが、お力になれるかと思います」

 背筋を伸ばし、迷いなく言い切る。

 その態度に、マリアはわずかに言葉を失った。

 痩せ細った身体、粗末な身なり。だがその双眸には、年相応の怯えも甘えもない。

 長く何かを積み重ねてきた者だけが持つ、静かな確信が宿っていた。

「……いいわ」

 やがて彼女は微笑み、扉を大きく開けた。

「でも、そのままでは不幸ね。探し物をしている間に、お風呂を沸かしてあげるわ。それを条件に、入ってちょうだい」

 風呂――。

 その言葉に、カイトの胸が小さく震えた。

「……ありがとうございます。心から感謝します」

 影の専門家たち

 客間に通されると、カイトは本題を切り出した。

「探すものを教えてください」

「金の台座に、赤い宝石。亡き夫との、結婚指輪なの」

 深紅。

 その色は、なぜか胸の奥に引っかかった。

 マリアが席を外した隙を見て、カイトは影に意識を沈める。

 壁の隙間から、床下から、音もなく湧き出す漆黒の群れ。

(行け。赤い石のついた指輪だ。家中を)

 コックロたちは命令を受け取ると、霧のように散った。

 人目につかず、暗がりを走り、物言わぬ遺失物を探す――この仕事において、彼ら以上の探索者はいない。

 数分後、一匹が戻る。

 触角の震えと共に、直接的な感覚が流れ込んだ。

(衣装箪笥の裏……壁との隙間、その最下段)

 カイトは頷き、コックロを影へ戻すと、今度はリーダーを呼び出す。

「……あら、その子は?」

「僕の従魔です。狭い場所を探すのが得意で」

 リーダーは迷いなく箪笥の背後へ潜り込み、やがて小さな掌に何かを掴んで戻ってきた。

 深紅の宝石が、一条の光を放つ。

「……これでしょうか」

 マリアの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「ああ……これ……夫が、私に贈ってくれた唯一の……」

 震える指で指輪を嵌め直す彼女を見て、カイトの胸に温かなものが満ちる。

「それほど大切に想われているなら……旦那様も、きっと喜んでいます」

 思わず零れた言葉に、マリアは涙を拭い、優しく微笑んだ。

「あら……大人びた慰めね。本当はいくつなの?」

 彼女は依頼票にサインし、さらに何かを書き添える。


 脱衣所の姿見の前で、カイトは立ち尽くした。

 そこに映るのは、人というより、泥を固めた獣のような姿だった。

(……正論だな)

 苦笑し、ボロ布を脱ぎ捨てる。

 湯に浸かり、こびりついた汚れをふやかし、体を洗う。

 だが背中に手が届かない。

「……背中、洗ってあげましょう」

 控えめな声と共に、マリアが現れた。

 石鹸の泡が背を滑った、その時――彼女の手が止まる。

「……カイト君。背中に、十字の痣があるわ」

(……痣?)

 指先が、壊れ物に触れるようにその形をなぞる。

 垢が剥がれ落ちるにつれ、肌は驚くほど白く透き通っていった。


 脱衣所に戻ると、仕立ての良い服が揃えられていた。

「昔、息子が着ていたものよ」

 一瞬だけ、彼女の笑顔に翳りが落ちる。

「……大切に使わせていただきます」

 さらに、青い小さなベストが差し出された。

「あなたの相棒にも。服を着せれば、少しは世間の目も柔らぐわ」

 リーダーにベストを着せると、確かに“魔物”より“不思議なペット”に近く見えた。

 邸宅を後にすると、街の視線が変わっているのが分かる。

 軽蔑ではない。好奇と、わずかな敬意。

(……さて)

 胸元の依頼票を確かめ、カイトは小走りになる。

(ミランダさんは、どんな顔をするだろうな)

 初仕事の成功と、予想外の贈り物を抱えて。

 七歳の少年は、確かな一歩を踏み出した。


拙い作品を読んでいただきありがとうございます。

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