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閑話:触れ得ざる者

 俺はこのアカデミーの一年生。名前は……秘密だ。

 入学して一か月ほど経ったが、学園のパワーバランスの頂点は、王の子息を除けば間違いなくメスチノ伯爵家のクラリス。その従者カイトが、この学校の情報をすべて掌握しているのは、もう学園内の「常識」である。いや、常識というか、ちょっとした恐怖だ。

 エドワード侯爵家のヴィンセントでさえ、最近は学校に来なくなった。噂によると、教会に押し込まれたとか……いやいや、まさかそんなわけない……と思いつつ、正直俺もちょっと信じてしまいそうだ。

 あの風紀委員会も今や静まり返り、教室を歩いても、誰も彼らを気にしない。あいつら、カイトの前では猫のように縮こまっている。いや、猫どころか、毛の一本も立てられないタヌキくらいかもしれない。

 先日の公開審問は凄まじかった。

 普通なら「おお、正義の裁きだ!」となる場面だが、カイトが一歩前に出た途端、審問官どもは顔面蒼白。あっという間に、目の前で不正が暴かれ、教師までも野に下ったという。

 俺は心の中で「俺たち一年生、まるで踏み潰されそうな砂粒だな」と震えていた。いや、砂粒どころか、小さなビー玉くらいの存在感しかない。

 クラリスの手下は着実に増えつつある。

 しかし、それを振りかざす者は誰もいない。少しでも逆らえば、ニーナという小柄な子爵令嬢が冷徹な目で鉄槌を下す。あの子の視線は本当に鋭い。俺もこっそりお菓子を食べていただけで、ドキリとするくらいだ。

 放課後、俺は図書室でそっと後ろを振り返る。

「あれ? なんか、影が……いや、カイト様の影か?」

 いやいや、違う。誰もそんなこと言ってない。俺の幻覚だ、多分……。

 結論。

 クラリスとカイトは、学園内で「触れ得ざる者」だ。

 近づこうとするだけで、心の中に「やばい、踏み込んじゃいけない」という警報が鳴る。

 俺も、できるだけ接触せず、影のように生活するのが賢明だろう……と思っているのだが、時々、こっそり二人の後ろをついて行きたくなる自分もいる。もし見つかったら、一発でアウトだろうけど……いや、たぶん絶対見つかる。

 ……一年生生活、これほど緊張感があるものだとは思わなかった。

 けど、ちょっとだけ、面白い気もする。


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