第四十話:休日、視察、そして二人の時間
「もう我慢なりませんわ! 明日は休日です。カイト、私を王都の視察へ連れて行きなさい!」
週末の夜、クラリスが拳をテーブルに叩きつけて宣言した。
最近のカイトは、廊下を歩けば令嬢たちに呼び止められ、昼休みは男子生徒から勉強を教わりたいと囲まれる。その「完璧な従者」としての名声が上がるたび、クラリスの独占欲は限界を迎えつつあった。
「視察ですか。まあ、王都の地理を把握しておくのは悪くないですね」
「ええ、そうですわ! 社会勉強という名目の……あくまで真面目な視察ですの。だから、他の方に知られてはなりません。……わかりますわね? 二人きりで行きますわよ!」
翌朝、クラリスはいつもの豪華なドレスを脱ぎ捨て、平民の少し裕福な商家の娘に見えるような、シンプルながら可愛らしい服に着替えていた。
カイトもまた、従者の制服を脱ぎ、動きやすい旅装に近い格好になる。
王都「グラン・メセナ」の喧騒。
カイトはクラリスが人混みに酔わないよう、自然な動作で彼女を誘導する。
「カイト、見てくださいまし! あの露店のお菓子、メスチノでは見たことがありませんわ」
「あれは王都名物の揚げパンですね。……一つ、食べてみますか?」
「よ、よろしくてよ。視察の一部として、味の調査は必要ですもの」
カイトが揚げパンを一つ買い、クラリスに手渡す。熱々のそれを「はふはふ」と頬張るクラリスを見て、カイトは少し目を細めた。
「どうです?」
「……美味しいですわ。カイトが作るものとはまた違った、野性味のあるお味です」
クラリスは幸せそうに微笑み、自然とカイトの腕を掴んだ。学園の中では「主人と従者」という立ち位置だが、ここではただの、歳の近い少年と少女だ。
「旦さん、ええ雰囲気ですなぁ」
すれ違う通行人の影から、ランバの念話が届く。周囲には数百匹のヒドゥンラット。
(仕事しろ、ランバ。怪しい奴がいないか、周辺を探れ)
「へいへい。今のところは、旦さんの甘い空気にあてられた野良犬くらいしかおりまへんわ」
カイトはクラリスを連れて、王都の賑やかな広場から、少し落ち着いた職人街、そして魔導具が並ぶ市場を歩き回った。
「カイト、今日は一日中、私だけを見てくれましたわね」
夕暮れ時。王都を一望できる高台の公園で、クラリスがポツリと呟いた。
「それが僕の仕事ですから」
「仕事だから、だけ?」
クラリスが少し不満げにカイトを見上げる。その瞳には、夕焼けのオレンジ色と、彼への真っ直ぐな想いが混ざり合っていた。
「……まあ、仕事抜きにしても。お嬢様と歩くのはそんなに悪い気分じゃないですよ」
カイトが正直な感想を漏らすと、クラリスは顔を真っ赤にして、「ならよろしいですわ!」とあらぬ方向を向いてしまった。
「……さて、そろそろ戻りましょうか。あまり遅くなると、ニーナが心配して寮を飛び出してくるかもしれませんし」
「そうですわね。……ふふ、今日は本当に、素敵な視察でしたわ」
帰路につく二人の背中。
カイトの袖を掴むクラリスの手は、朝よりも少しだけ、力強く握られていた。
学園での「完璧な従者」としての仮面を少しだけ外し、カイトにとっても、それはメスチノの雁亭で過ごす時間に似た、心地よい休息となった。




