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第三十七話:子爵令嬢の憂鬱と、新しい「手下」

 カイトを頼ってきたのは、クラスの隅でいつも怯えたように教科書を抱えていた子爵令嬢、ニーナだった。

 寮のクラリスの部屋。クラリスが見守る中――というより、カイトを盗られないよう監視する中――ニーナは震える声で事情を打ち明けた。

「……私の実家は、今、親戚の商人に乗っ取られかけているんです。次の試験で私が成績優秀者に残れなければ、強制的に退学させられ、その商人の息子と結婚させられる約束に……」

 ニーナの瞳から涙がこぼれ落ちる。典型的な没落寸前の貴族の悲劇だ。

 カイトは腕を組み、冷徹なまでに冷静な視線で彼女を見つめた。

「成績を上げるだけなら簡単だ。……でも、その商人とやらを黙らせないと、根本的な解決にはならないだろう? クラリス」


「えっ……?」  ニーナの涙が止まった。信じられないものを見る目でカイトとクラリスを交互に見つめる。 「あ、あの……カイト様? 今、クラリス様を呼び捨てに……?」

 ニーナにとって、従者が主人を呼び捨てにするなど天変地異に等しい。しかし、カイトは事も無げに肩をすくめた。

「ああ、寮の部屋の中じゃこれが当たり前なんだ。な?」

「当たり前ではありませんわ! 私はちゃんとしてほしいと何度も言っているのですわ!」

 クラリスが頬を膨らませて拗ねるが、その口調には本気の怒りよりも、甘えに近い親愛が滲んでいる。

「……そ、そうなんですのね。流石はメスチノ家……」

 ニーナは勝手に納得したようだが、震えは少し収まっていた。カイトは話を戻す。


「さて、動いてもいいが、タダじゃないぞ」

 カイトの言葉に、クラリスが「カイト、あんまりいじめては可哀想ですわ!」と口を挟むが、カイトは構わず続けた。

「ニーナ。助けてやる代わりに、お前は今後、クラリスの手下コマとして動いてもらう。……メスチノ家の後ろ盾と、俺の情報網の一部。これがあれば、お前の実家を守る盾になるだろう。どうする? クラリスの手下になれるか?」

 ニーナは一瞬、呆気に取られたようにクラリスを見た。

 クラリスも「えっ、私の手下ですの……?」と戸惑う。

「……やります。何でもします。家を、お父様とお母様を守れるなら……!」

 ニーナの瞳に強い光が宿った。カイトは満足げに口角を上げる。


 その夜。王都の繁華街にある高級レストランで、ニーナの家を狙う商人と、彼と癒着している汚職官吏が密談を交わしていた。

「ヒッヒッヒ、あの子爵令嬢も、次の試験で終わりだ。今頃泣きながらペンを握っているだろうよ」

 男たちが下卑た笑い声を上げた瞬間、部屋の灯りがふっと消えた。

「……!? 何だ、誰だ!」

 闇の中から、無数の赤い目が光る。

 天井からはフライたちが羽音も立てず舞い降り、床からはヒドゥンラットたちが這い出してきた。

「晩酌の邪魔をして悪いでんな」

 冷たい声と共に、ランバが男の喉元にナイフを突き立てる。

「旦さんからの伝言や。『欲をかくのは勝手や、ただ身の程を知らん犬は、影に引きずり込むで』……っちゅうこっちゃ」

 カイト自身は現場にいない。しかし、ランバたちは男たちの「不正の証拠」――裏帳簿や密書の山――をすでに王宮のしかるべき部署に提出を終えていた。


 翌朝、ニーナは憑き物が落ちたような顔で登校してきた。

 彼女の実家を狙っていた商人は、早朝に「脱税と横領」の疑いで憲兵隊に連行されたという。

「メスチノ様! ……いえ、クラリス様! 私、一生あなたについて行きますわ!」

 ニーナがクラリスの手を握り、熱烈に忠誠を誓う。

「え、ええ……。まあ、よろしいわ。私の手下になる以上、恥ずかしくない成績を取りなさいな」

 クラリスは戸惑いつつも、自分を慕う「初めての友人(手下)」ができたことに、満更でもない様子だ。

 カイトは窓際で教科書を整理しながら、小さく息を吐いた。

「……お嬢様。これで、学園内での発言権がまた一つ増えましたね」

「カイト……あなた、本当に恐ろしい従者ですわ」

 クラリスは苦笑しながら、いつものようにカイトの袖をぎゅっと掴む。

 こうして、カイトはクラリスを中心に、学園内に「影の情報網」と「忠実な協力者」を着実に増やしていくのだった


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