第四話:未踏の掲示板
「……妙に、大人びた子ね」
去りゆく少年の背を見送りながら、ミランダは小さく呟いた。
その瞳に宿る理知は、劣悪な環境で育った子供が身につける狡猾さとは、どこか質を異にしている。
獲物を騙すための賢さではない。――生き残るために、世界を測る目だ。
彼女は気を取り直し、カウンターに並んだ書類を整えながら説明を続ける。
「さて、依頼の進め方よ。いい、カイト。依頼は掲示板から票を選んで、受付で受理されて初めて契約が成立するの。同時に受けられるのは三つまで」
指を一本立て、声を潜める。
「街中の依頼は基本的に誰でも受けられる。でも、難しい依頼は別。実績のない冒険者に任せて失敗すれば、ギルドの信用問題になるわ。不義理や失敗が続けば……最悪、『除名』もある」
「……厳しいですね」
カイトは素直に頷いた。
「ちなみに、僕みたいな初心者は、普段どんな仕事を?」
「一番多いのはドブ掃除ね。臭くて汚れるけど、相場は銀貨二枚。子供のお小遣いにしては破格よ」
そう言って、ミランダは視線をずらした。
その先には、もう一枚の掲示板がある。
「……それから、あれ。探し物の依頼」
彼女の声が、わずかに曇る。
「報酬は銀貨三枚。高いけど、拘束時間が長いし、見つからなければ評価が下がる。だから……ずっと残り続けてるわ」
掲示板には、埃を被った依頼票が何層にも重なっていた。
多くの冒険者が無意識に視線を逸らし、足早に通り過ぎていく場所。
いわば、掲示板の吹き溜まり。
(……色分け、か)
文字を読めない者でも判別できるよう、枠の色が分けられている。
カイトはゆっくりと歩み寄った。
そして、迷わず手を伸ばす。
指先が触れたのは、色褪せた紫の枠に囲まれた、ひときわ古い依頼票だった。
「……これを。お願いします」
その票を見た瞬間、ミランダの表情から笑みが消えた。
「……本気? それを受けるの?」
無理もなかった。
ベテランですら匙を投げ、放置され続けてきた案件だ。
「難しそうだからこそ、です」
カイトの声は落ち着いている。
「今の自分に、何ができて、何ができないのか。それを確かめたい」
そこにあるのは、若さゆえの無謀さではない。
冷静すぎるほどの自己評価だった。
(四十五年も生きてりゃ、自分の“手札”の切りどころくらい分かる)
ミランダは小さく溜息をつき、羽ペンを取る。
「……もう、知らないわよ。いきなり失敗して、冒険者の現実を知るのも勉強だけど……」
受理の印章が押され、依頼票が返される。
「依頼人のサインをもらってきて。完了すれば……あなたにとって、最初の報酬よ」
「ありがとうございます。行ってきます、ミランダさん」
一礼し、カイトは弾かれたようにギルドを飛び出した。
その足取りには、先ほどまでの重苦しさはない。
獲物の気配を嗅ぎつけた猟師のような、鋭い活気が宿っていた。
その背中が人混みに消えた直後。
「……あっ!」
ミランダは勢いよく立ち上がる。
「ちょっと待って! 忘れてたわ、その依頼――!」
呼びかけは、喧騒に呑まれて消えた。
彼女は唇を噛みしめ、あの依頼の内容を思い返す。
――ただの失くし物、ではなかったはずだ。
一方、そんな不安など知る由もないカイトは、肩に乗るリーダーの毛並みを指で撫で、不敵に笑っていた。
(『探し物』、ね)
この街に張り巡らされた影。
そこに潜む、無数の小さな住人たち。
(こいつらの“目”を使えば、見つからないものなんてない)
影の中で、従魔たちが一斉にざわめいた。
主の意図を察し、期待に震えるように。
蘭海斗の初陣は――
ギルドの常識を静かに踏み越えながら、
やがて誰も予想しなかった結末へと、確実に転がり始めていた。
拙い作品を読んでいただきありがとうございます。




