第三十六話:急上昇の成績と、芽生える疑惑
カイトの「夜の特別講義」が始まってから一か月。
クラリスの成績は、学園側が二度見するほどの勢いで跳ね上がっていた。特に、論理的思考が必要な数学や薬学では、彼女の回答は「無駄がなく完璧」と評されるようになった。
しかし、急激な変化には必ず横槍が入る。
「……クラリス・メスチノ。君の今回の小テストだが、満点だ。しかし、この解法は教科書には載っていないものだね」
講師が眼鏡を光らせ、クラリスを睨みつける。
「誰かから解答を盗み見たか、あるいは……後ろに控える従者が、何か不正な手助けをしたのではないかね?」
教室に冷ややかな視線が突き刺さる。クラリスはカッと目を見開いた。
「不正などしておりませんわ! これは、カイトが……私の従者が教えてくれたやり方ですの!」
「ほう、その子供がね……。学園の講師よりも優れた教え方をするというのか?」
講師の嘲笑に、周囲の生徒たちもクスクスと笑い声を漏らす。
カイトは壁際で、無表情にその光景を眺めていた。
「先生、失礼します」
カイトが静かに一歩前に出る。
「その問題、条件の一部を書き換えれば、教科書の解法では三ページ分もの計算が必要になります。ですが、僕が教えた『公理の逆説』を使えば、三行で終わる……今ここで、証明しましょうか?」
カイトは教壇へ歩み寄り、講師からチョークを受け取ると、迷いのない速度で数式を書き連ねていく。
前世の数学理論を、この世界の魔導数式に当てはめた、超効率的な証明だ。
「……これで、お嬢様の潔白は証明されましたね?」
書き終えたカイトがチョークを置くと、教室は静まり返った。
講師は口をパクパクさせ、黒板とカイトを交互に見つめる。
「……す、素晴らしい。こんな簡潔な導き出し方、王宮魔導師でも知っているかどうか……」
講師の態度は一変し、生徒たちの視線も「軽蔑」から「驚愕」へと変わった。
クラリスは鼻を高くして、「当然ですわ!」と満足げに頷いている。
放課後。
「カイト! 凄かったですわ、さっきの! 先生の顔、見ましたこと?」
「お嬢様、あまり調子に乗らないでください。目立ちたくないと言ったはずでしょう」
意気揚々と歩くクラリスの後ろを、荷物を持って歩くカイト。
しかし、その背中に一人の少女が声をかけてきた。
「……あの、メスチノ様。その、後ろの従者の方……」
内気な子爵令嬢は、指先をもじもじと動かし、消え入りそうな声で続けた。
「……私にも、その……勉強を教えていただけないでしょうか。このままだと、落第してしまって、家に戻れなくて……」
クラリスの眉がピクリと跳ねた。
「……カイトは、私の従者ですのよ?」
独占欲を滲ませるクラリス。
だが、それを見た他の生徒たち――特に成績に悩む者――も、藁をも掴む思いで集まり始める。
「俺も頼む! その解き方、教えてくれ!」
「私にも! お礼はするわ!」
あっという間に人だかりができる。
カイトは「めんどくさいことになったな……」と頭を抱えた。
「旦さん、えらい人気やないですか」
影の中からランバの茶化すような声が聞こえる。
「……お嬢様、どうします?」
「だ、ダメに決まってますわ! カイトは私だけの……私の専属なんですのよ!」
クラリスはカイトの腕をぎゅっと掴み、集まってきた生徒たちを威嚇するように睨みつけた。




