第三十三話:見えない網と、静かな支配
入寮初日の夜、カイトは寄宿舎の狭い個室で、窓の外に広がる王立アカデミーの広大な敷地を見つめていた。
この場所は、王国の未来を担う貴族の子息たちが集う輝かしい舞台。しかし、光が強ければ影もまた深い。
カイトは影に向かって、静かだが明確な意思を込めて告げる。
「ランバ。情報は力だ。このアカデミーの全てを把握しろ。教師も生徒も、使用人に至るまで。経歴、交友関係、隠し事、弱み……端緒は一つも漏らすな」
影が微かに波打ち、ランバが口角を吊り上げて現れる。
「……へい、旦さん。待ってましたわ、そのお言葉。学問の庭っちゅうのも、裏返せば情報の宝庫ですからな」
ランバの短い合図で、カイトの影から無数のヒドゥンラットたちが溢れ出し、通気口や壁の隙間へと滑り込む。さらに夜闇に紛れたコックロやフライたちが、羽音を立てずに校舎の隅々へ飛び散った。
「一匹残らず使い潰して、この箱庭の『裏側』を全部剥がしてきまっさ。楽しみにしておいてくださいな!」
掌握される学園
その後数日、カイトの元には絶え間なく情報が流れ込む。
•一見厳格な教務主任が、実は多額の賭博借金を抱えていること。
•品行方正を謳う公爵令息が、夜な夜な禁止されている魔道具の密売に関与していること。
•一部教師の間で、ガリアントで耳にした「深淵の蛇」の紋章に似た印が、密かにやり取りされていること。
食堂でクラリスに食事を給仕し、教室の隅で教科書を支える間も、カイトの頭の中には学園の「立体図」が構築されていく。
誰が誰と繋がり、誰が誰を憎むのか。誰の言葉が嘘で、誰の沈黙が真実を隠すのか。
表向きはただの「従者」。だがその実態は、アカデミー全体の喉元に薄い刃を突き立てているに等しい。
「カイト、何をぼんやりしていますの? 次は薬学の講義ですわよ」
クラリスが振り返る。カイトは無表情ながら、安心させるような微笑みを浮かべ、軽く頭を下げた。
「失礼しました、お嬢様。少し、今日の献立が気になりまして」
「もう、食いしん坊さんですわね」
笑いながら歩き出すクラリスをエスコートするカイトの視線は、廊下ですれ違った教師の、わずかに震える指先を捉えていた。
(……あの先生、昨夜は例の集会に出ていたな)
もし望めば、明日にもこの学園の権力構造をひっくり返せるほどの情報を握っている少年。
その牙を隠したまま学園に潜む。
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