第二十八話:英雄の報いと、蠢く蛇
地下の祭壇が砕け、街を覆っていた死の気配は、まるで嘘だったかのように消え去った。
数日後、カイトの手で急速に回復したガリアント子爵は、正装に身を包み、屋敷の大広間に一行を招いた。
「カイト殿。君が居なければ、私は今頃土の中、息子は操り人形、そしてこの街は死の都になっていただろう。感謝の言葉も見つからない」
子爵は従者に合図を送る。運ばれてきたのは、まばゆい金貨の山と、美しい短剣だった。
「これは我が家に伝わる魔導短剣『ウィンド・エッジ』。風の加護を宿し、持つ者の身を守る……そして金貨五十枚。君の働きに対してはこれでも足りないほどだが、受け取ってほしい」
金貨五十枚──庶民が一生遊んで暮らせるほどの額だ。
「……ありがたく、頂戴します」
内心では(宿の増築にちょうどいい)と考えつつ、カイトは恭しく受け取る。傍らでは、クラリスが鼻を高くして胸を張った。
宴の喧騒を離れ、カイトは中庭で夜風に当たっていた。月光に照らされる足元の影が揺れ、ランバが顔を出す。
「旦さん、首尾はどうでっか?」
「ああ。金貨も貰った……だが、術者が言った『深淵の蛇』が気になる」
カイトは懐から数枚の金貨を取り出し、影の中に放り込む。
「ランバ。隠密に優れたヒドゥンラット百匹を選べ。隣国や教会の直轄領まで足を伸ばせ。各地の野良ラットを統率させ、情報網の作らせてほしい。情報が入らなければ仕方ない。広域の情報を持っているのはあとで使えるだろう」
「合点承知。ワテらラットのおらん家なんてあるのやろか?
ワイらのネットワーク、なめたらあきまへんで」
ランバの指示を受け、百匹のヒドゥンラットが影に溶け、四方八方へ散っていく。大陸を覆う情報網の端緒となる、重要な任務だった。
中庭には、もはや淀んだ魔力の残滓はない。
役目を終えたルーヴとアウラが、カイトの足元で無防備に丸まる。天空の覇者と森の王が、主に絶対の信頼を置く姿がそこにあった。
翌朝、メスチノへ向かう帰路の馬車。
多額の報奨金に満足そうな「白銀の斧」の面々、安堵の伯爵、そしてカイトの隣を離れないクラリス。
「カイト、次はいつ私の屋敷に来てくれますの?」
「仕事があれば、いつでも行きますよ」
「仕事じゃなくても、遊びに来てよろしくてよ! ……というか、来なさい!」
高飛車な口調とは裏腹に、彼女の手はカイトの袖をぎゅっと握ったままだ。
カイトは微笑み、窓の外ののどかな景色を眺める。
(深淵の蛇……か……)
少年の瞳には、英雄の輝きではなく、守るべきものを見定めた者の静かな決意が宿っていた。
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