第二十五話:護衛の存在意義と、婿入り
川辺での「洗濯大会」が一段落し、ふわふわに仕上がったルーヴたちをクラリスが満足げに撫で回している頃、少し離れた焚き火の前では、「白銀の斧」の面々が複雑な表情でその光景を見つめていた。
「……なあ、リーダー」
斥候のバラスが、串焼きの肉を口に運ぶ手を止めて呟く。
「ん?」
「……俺たち、本当に必要だったのか? この護衛」
ガルムは重い溜息をつき、カイトの影から時折見えるヒドゥンラットたちの気配を思い返した。空には悠然と舞うグリフォン、地上にはグレートウルフの群れ――。あの小柄な少年の従魔だけで、彼らの軍隊に匹敵するほどの戦力があることを、実感せざるを得なかった。
「……言わんでくれ。俺も同じことを考えてたところだ」
筋骨隆々で禿げ上がったバルセオが、力なく頷く。
「あの坊主の従魔だけで、護衛としては十分成立してるよな。正直、俺たちが居なくても平気だろう」
「……多分な」
ガルムが絞り出すように答えると、三人は焚き火の火を見つめながら、揃って深く頷いた。
一方、そんな護衛たちの肩を落とす姿を知ってか知らずか、ジークムント伯爵はカイトの隣に腰を下ろした。
「カイト殿……改めて、君の底知れなさには驚かされるばかりだ。治療の腕、魔法、そしてこの魔物たちを従えるカリスマ性……」
「いえ、伯爵様。私は単に、彼らと利害が一致しているだけです」
「謙遜もそこまで行くと、逆に嫌味だぞ」
伯爵は、楽しそうにルーヴと戯れるクラリスを眩しそうに見つめた。屋敷では決して見られなかった、心を開いた娘の顔である。
「……カイト殿。率直に聞くが、君の将来の展望はどう考えている?」
「展望ですか……。まあ、宿の皆と平穏に過ごせれば、それで十分かな、と」
「ほう、欲がないな。……なら、どうだ。いっそ、我がメスチノ伯爵家に婿入りする気はないか?」
カイトは、思わず飲んでいた果実水を吹き出した。
「えっ!? ……な、何を仰っているのですか」
「冗談半分、本気半分だ。君のような逸材を、どこぞの国や教会に奪われるくらいなら、今のうちに囲っておきたい。何より、クラリスが君に懐いている。……あの子は一度決めたら曲げない性格だ。君が婿になってくれれば、私も老後が安心なのだが」
「お父様! 何を勝手なことを言っているのですか!」
いつの間にか戻ってきていたクラリスが、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「カイトは……私が自分で、その、選びますわ!」
「……選ぶのは俺の方じゃないのか?」
カイトのツッコミは、親子の喧騒にかき消された。
翌朝、一行はついにガリアント子爵の街の正門へと辿り着いた。しかし待っていたのは、物々しい警戒態勢と高圧的な門番たちだった。
「止まれ! 伯爵の使者だと? 今、この街は流行病の警戒で、余所者の立ち入りは一切禁止だ! 例え伯爵令嬢であろうと通すわけにはいかん!」
槍を突きつけられ、顔をしかめるジークムント伯爵。カイトは、門番の顔色の悪さと街中から漂う淀んだ魔力の気配に、前世の知識を働かせた。
(……流行病か。ただの病気じゃなさそうだな)
「お嬢様、下がっていてください。……門番さん、少しお話を伺えますか」
カイトが一歩前に出ると、影の中ではランバが、戦闘態勢を整えながら呟いた。
『旦さん、不穏な気配プンプンですわ。準備は万端で』
冷静な眼差しのまま、少年は影と魔物と人間を統合して、安全を確保しつつ事態の把握に努めるのだった。
(合点や。旦さん、ワイらもいつでも動けるようにしときまっせ)
ランバの声が意識の端に響く。大げさな準備ではない。ただ、予期せぬ事態に備え、いつものように「手足」を配置したまでのことだった。
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案内された応接室で待っていたのは、ガリアント子爵本人ではなく、長男のエドワードだった。若くして領主代行を務めるらしいが、その顔色は門番以上に青白い。
「メスチノ伯爵……よくぞ。しかし、こうして幼い治療師を連れてくるとは、少々悪趣味ではありませんか」
エドワードの言葉には、余裕のなさがにじんでいる。
ジークムント伯爵が口を開く前に、カイトは静かに一歩前に出た。
「悪趣味かどうかは、結果を見てから判断してください。それよりエドワード様、少々お召し物が汚れています。袖口の『赤黒い染み』、早めに洗わないと三日も持ちません」
「な……っ!? な、なぜそれを……」
慌てて袖を隠すエドワード。
「視診です。この街の病は、ただの風邪ではありません。屋敷の奥から、さらに酷い『淀んだ気配』が漂っています。まず、子爵閣下の部屋へ案内してください」
カイトの落ち着いた態度に押され、エドワードは力なく頷いた。一行は奥の寝室へと進む。
扉が開くと、白銀の斧のガルムたちが思わず鼻をひくつかせた。
「……うわっ、なんだこの臭いは。腐敗臭とも違う、何か不気味な……」
「お父様、私、少し寒気がしますわ……」
クラリスが小声で震えながら、カイトに寄り添う。
ベッドに横たわるガリアント子爵は、生気を失った干からびた木像のようだった。枕元には不気味な紫色の光を放つ「水晶の香炉」が置かれ、立ち上る煙が子爵の魔力をじわじわと吸い上げていることが、カイトにははっきりと見えた。
「クラリス、少し下がっていてください。ガルムさんたちも部屋の四隅で待機を。窓を開けて空気の入れ替えをお願いします」
カイトは手袋をはめるように両手に薄い魔力の膜を張った。これは、これから始まる「浄化作業」の準備だった。
「さて……病気ではないなら、話は早い」
カイトの瞳は、ただの少年のものではなく、専門家のそれへと切り替わった。
影の端でランバが、いつもの軽口を飛ばす。
『旦さんの“仕事モード”や……これ、ただでは済みまへんな』
しかしカイトは微動だにせず、屋敷の澱んだ空気を読み取りつつ、影と従魔たちの連携を整えながら、静かに次の手を打つのだった。
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