閑話 カイトとモフモフ(クラリス視点)
正直に言えば、最初は怖かった。
馬車の外で蠢く影。鋭い牙、爪、うなり声。
書物で知っている「魔物」という言葉が、そのまま形になってそこにあった。
けれど――
少し距離を置いて眺めているうちに、気付いてしまった。
大きな狼は、主の一言でぴたりと動きを止める。
小さなネズミの魔物たちは、勝手に走り回るくせに、必ず彼の足元に戻る。
空を飛ぶものは、命令がなくとも周囲を警戒していた。
……統率されている。
それも、恐怖ではなく、信頼で。
カイトは彼らに厳しい。
だが、理不尽ではない。
できないことを叱らず、できることを任せ、危険からは必ず遠ざける。
それはまるで――
強い者が、弱い者の居場所を守っているようだった。
「触っても、大丈夫ですよ」
そう言われたとき、少しだけ迷った。
けれど差し出された手が、私を引っ張るでも押すでもなく、ただ“待って”くれていたから。
そっと、銀色の毛並みに触れる。
……あたたかい。
想像していたより、ずっと柔らかくて、呼吸に合わせて指先が沈む。
一度撫でると、次はためらいが消えた。
撫でるたび、毛並みが整い、狼は目を細める。
気付けば私は、夢中になっていた。
その様子を、カイトは少し離れたところから見ていた。
急かさず、声もかけず、ただ――私が満足するまで。
そのことに気付いた瞬間、胸の奥が静かに揺れた。
この人は、魔物にも、人にも、
「どう扱うか」より先に「どう感じるか」を考える人なのだ。
だから、怖くなかった。
だから、触れられた。
だから、安心して笑えた。
――この人のそばなら。
私はきっと、知らない世界に触れても大丈夫なのだろう。
そう思いながら、もう一度だけ、名残惜しく毛並みを撫でた。
読んでいただきありがとうございます。




