第二十四話:水辺の洗濯と、特別な許可
二日目の宿営地は、清らかな水音が絶え間なく響く川のほとりに設けられた。
街道から少し外れただけで、空気は澄み、流れる水は驚くほど冷たい。
「……よし。今日はここで、まとめて手入れしよう」
カイトはそう言うと、夕食の準備を「白銀の斧」の面々に任せ、自分は影の従魔たちを引き連れて川原へ向かった。
そこでは、実に奇妙で、どこか微笑ましい光景が広がっていた。
ランバを先頭にしたヒドゥンラットたちが円陣を組み、小さな手で石鹸を泡立てながら、互いの背中を洗い合っているのだ。
『そこ、まだ汚れとりまっせ』
『旦さんに見られたら怒られるで』
『ほら、耳の裏!』
言葉は聞こえないが、そんなやり取りが透けて見える。
川面に浮かぶ泡と、小さな背中の忙しない動きは、もはや作業というより集団風呂だった。
一方で、カイトはというと――
「動くなよ、ルーヴ」
カイトはグレートウルフのリーダーにルーヴと言う名を付けた。フランス語でメス狼の意味。
(フランス語でちょっとカッコ良さそう……)という単純な考え。
銀色の毛並みを誇るグレートウルフたちと、アウラの鋼のような羽を相手に、黙々と洗浄作業に勤しんでいた。
サイズがサイズだけに一仕事だが、嫌な顔はしない。
なお、人目に晒せないタグコックロやビッグフライといった面々は、主の視線を察した瞬間、自発的に川へ飛び込み、バシャバシャと一通り汚れを落としてから、何事もなかったかのように影へと戻っていった。
「……従魔の躾が良すぎるのも考えものだな」
そんな独り言の最中。
「私も……お手伝いして、よろしくてよ?」
振り返ると、クラリスがそこに立っていた。
しかも、ためらいなくドレスの袖を腕まくりして。
「待ちなさい、クラリス!」
即座にジークムント伯爵が血相を変えて駆け寄ってくる。
「伯爵令嬢が、川原で! 獣の毛と泥にまみれるなど、断じて許さん!」
「ですが――」
「ダメだ!」
そこへ、カイトが一歩前に出た。
「俺からも、やめてください」
「カイトまで!?」
「護衛対象を汚してしまうのは、冒険者として失格です。
……それに、万一滑って怪我でもされたら、責任が取れません」
理屈は正論だった。
「……カイトが、そう言うのなら」
クラリスはあっさりと頷いた。
「今回は、やめておきますわ」
「……儂の言葉は?」
完全にスルーされた伯爵は、川べりに膝をつき、目に見えて肩を落とした。
モフモフの真価
洗浄を終えた後、カイトは魔法で温風を操る。
一気に水気が飛び、グレートウルフたちの毛並みがふわりと膨らみ、アウラの羽が月光を反射して銀色に輝いた。
「……さ」
クラリスが一歩、近づく。
「触っても……よろしくて?」
その声音には、期待が隠しきれない。
「どうぞ。もう綺麗ですから。
服も汚れませんし……本当は、もっと早くやるべきでしたね」
「それって……」
クラリスは一瞬、言葉を探すように瞬きをする。
「私のために、やってくださったの?」
「馬車の中、退屈でしょう。
動物が好きそうだったから、少しでも気晴らしになればと」
何気ない一言。
前世で身についた“患者への配慮”の延長に過ぎない。
だが――
「……ありがとう」
クラリスは、今まで見せたことのない、混じりけのない笑顔を浮かべた。
「とても、嬉しいですわ。カイト」
その笑顔に、カイトの心臓が思いきり跳ねる。
(……やばい)
中身は四十五歳でも、体は思春期の少年だ。
この破壊力は想定外だった。
影の端で、ランバが肩を揺らす。
『旦さん、今のは一本取られましたなぁ』
『お顔、真っ赤でっせ』
「……うるさい」
その隙を逃さず、ルーヴがわざとらしくカイトの腰に体を摺り寄せ、アウラも大きな頭を肩に乗せて甘えてくる。
「ちょ、待て……! お前らまで来るな!」
動物たちに囲まれて右往左往するカイトを見て、クラリスは思わず声を上げて笑った。
焚き火の煙が、夜空へとゆっくり昇っていく。
かつて一人で探し物をしていた少年は、
今は自分を慕う魔物たちと、特別な視線を向ける少女に囲まれ――
騒がしくも、どこか温かな夜を過ごしていた。
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