第二十一話:護衛任務と、白銀のオッサンたち
メスチノ伯爵邸の朝は、静かで規則正しい。
だが、その朝食の席だけは、少々騒がしかった。
「クラリス。隣領ガリアント子爵の街へ視察に行くが、一緒に行くか?」
ジークムント伯爵の何気ない問いかけに、娘のスプーンがぴたりと止まる。
「……護衛は?」
「今回は騎士団が手薄でね。冒険者ギルドに依頼した。『白銀の斧』という、信頼できる中堅パーティーだそうだ」
その言葉を聞いた瞬間、クラリスの眉がわずかに動いた。
「……カイトは?」
「カイト? 彼はソロだろう。だが、指名すれば応じるかもしれん」
「なら指名してください」
即答だった。
「今すぐです。お父様」
「……そんなに急ぐ話かね?」
「急ぎます」
妙な迫力に押され、伯爵は「わ、分かった……」と頷くしかなかった。
翌朝。
いつも通り、仕事を探しに冒険者ギルドへ入ったカイトは、カウンターで待ち構えていたミランダの顔を見て嫌な予感を覚えた。
「……その顔、ろくな話じゃないですよね」
「正解。はい、指名依頼」
差し出された依頼書を見て、カイトは目を細める。
「伯爵家の……護衛?」
「隣領への視察よ。クラリス嬢と一緒に」
「……一人で?」
「まさか。Cランクの中堅、『白銀の斧』と合同」
その名前を聞き、カイトは少しだけ肩の力を抜いた。
「ああ、あの人たちなら問題ないですね。……少し、オッサンばかりですけど」
次の瞬間。
「誰がオッサンだ、こら」
背後から、岩を転がすような低い声が響いた。
振り返ると、全身を重厚な鎧で固めた大男が腕を組んで立っている。
「白銀の斧」リーダー、盾役のガルムだ。
「まだまだ現役だぞ、俺たちは!」
「そうだそうだ!」
隣でナイフを磨いていた斥候のバラスが食ってかかる。
「俺たちは“円熟期”だ!」
「円熟期のくせに、全員独り身だけどなぁ!」
豪快に笑ったのは、筋骨隆々、見事な禿頭を誇る前衛バルセオだった。
「……三十超えたら十分オッサンだと思うんですが」
カイトは前世四十五年分の年齢を完全に棚に上げ、苦笑する。
「明日の朝、伯爵邸集合よ。遅刻厳禁だからね」
ミランダに追い出されるようにして、カイトはギルドを後にした。
午後。
「探し物」と軽い治療依頼を片付けながら、カイトは影に意識を沈める。
「……というわけで、明日は護衛だ」
「ほう、また貴族絡みでっか」
ランバの声が、どこか楽しげに返ってくる。
「街道の先回りを頼みたい。アウラは出さない。目立つからな」
「合点承知。ワイら、掃除は得意分野ですわ。跡も残しませんし」
「助かる」
歩きながら、カイトはぼやいた。
「……指名依頼ってのは、断りづらいから嫌なんだ。特に権力者絡みは」
「せやけど、旦さん。もう“ただの探し物屋”って顔やないですで」
「……分かってる」
平和で、静かな日常。
夕焼けの雁亭に帰って飯を食うだけの生活。
それが、少しずつ遠ざかっている。
「面倒な世界に、片足突っ込んでる自覚はあるんだよ……」
精神年齢四十五歳の少年は、誰にも聞かれない溜息を落としながら、
迫り来る“護衛任務”という名の厄介事を思い浮かべていた。
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