表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/50

第十九話 影の棲処と金色の好奇心

「あの子……どこに住んでいるのかしら」

 一度、気になりだすと止まらない。

 それがクラリスという人間だった。

 空を飛ぶ少年。

 グリフォンを従え、こちらの世界を知っているようで、決して踏み込ませない距離感。

 数日かけて、彼女は慎重に情報を集めた。

 冒険者ギルド、下町の噂、行きつけの解体場。

 そして、ひとつの宿の名に行き着く。


 ――夕焼けの雁亭。

 午後。

 豪奢なドレスを脱ぎ捨て、平民の娘が着るような地味なワンピースに身を包む。

 鏡に映る自分を見て、クラリスは小さく頷いた。

「……問題ないわね」

 窓から抜け出すのに、罪悪感はなかった。

 これは“家出”ではない。

 調査だ。そう、自分に言い聞かせる。

 一方、その頃――

 宿の屋根裏付近。

 影の中で丸くなっていたランバが、微かな違和感を捉えた。

「……旦さん」

 影を通じた念話が、カイトに届く。

「屋敷の金髪のお嬢さん、こっちに向こうて来よりますわ」

「……伯爵令嬢が?」

「せや。護衛もつけんと。無防備にも程がありますな」

「……まあ、害はなさそうだ。降りるか」


 食堂の中央で、クラリスは完全に立ち尽くしていた。

 木の床。

 年季の入ったテーブル。

 壁に刻まれた無数の傷跡。

 そして――目の前に立つ、巨大な女。

「……なんだい? うちは宿だよ、お嬢ちゃん」

 ベルタの声は低く、腹の底に響く。

 腰に手を当て、上から見下ろすその姿に、クラリスの喉が鳴った。

「えっ……その……」

 完全に言葉を失ったところで、階段から声が落ちてきた。

「あ、ベルタさん。俺への客だと思う」

 振り向いた瞬間、クラリスの目が見開かれる。

「……カイト」

「珍しいな、あんたに女の子の客なんてね」

 ベルタは一瞬だけクラリスを値踏みするように見てから、肩をすくめた。

「まあいいさ。この時間は客もいない。座んな」

「こ、ここは……?」

「夕焼けの雁亭。俺が七歳から住んでる」

「七歳から!? 一人で?」

「探し物で稼いでた。宿代は今も払ってる」

「……アタイのおごりだ。飲みな」

 ベルタが置いた果実水を、クラリスは両手で受け取った。

 一口飲むと、甘酸っぱい味が喉を通り、張り詰めていた緊張が少しだけ緩む。

「……ありがとう、ございます」


 しばしの沈黙の後、クラリスは意を決したように口を開いた。

「……あなた、グリフォンを従魔にしているって、本当?」

「屋敷から見たんだろ」

「ええ。信じられませんでしたけど」

「なら、見せるか。アウラ、顔だけ出して」

 その瞬間。

 床に落ちた影が、粘性を持って盛り上がり――

 ぬっと、巨大な嘴と黄金の瞳が現れた。

「……っ!!」

 クラリスは悲鳴すら上げられず、よろめいた。

『呼んだ? お父さん』

 思念の声は、彼女には届かない。

 ただ、巨大な存在が“親しげ”にカイトを見ているのは分かった。

「アウラだ」

『誰、この金ピカ』

「伯爵の娘さん」

 クラリスは、恐る恐る一歩近づいた。

「……綺麗……」

「触るか?」

「い、いいの?」

『いいよ。変な感じしないし』

 了承を得て、クラリスは羽に触れた。

 強靭で、しかし温かい。

「……生きてる……本物……」

『……もういい?』

「もういいかって」

「えっ……あ、はい! ごめんなさい!」

 慌てて手を引っ込める姿は、年相応の少女そのものだった。


「……で。満足したか?」

「満足、って……」

 クラリスは少し考え、視線を落とす。

「……分からないわ。でも」

 顔を上げ、真っ直ぐに言った。

「また、来てもいいかしら」

「仕事の日は居ないぞ」

「それでも構わないわ!」

 即答だった。

 ベルタはその様子を見て、鼻で笑う。

「やれやれ……面倒なのが増えたね」

 宿を出ていくクラリスの足取りは、来た時よりも軽かった。

 影の中で、ランバが呆れたように呟く。

「旦さん、あれは完全に“目ぇ付けられましたな”」

「……珍しいものを見た反動だろ」

 そう言いながら、カイトはなぜか否定しきれない予感を抱いていた。

 夕焼けの雁亭。

 その影の棲処に、また一人、厄介で目聡い客が足を踏み入れたのだった。


読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ