閑話:黒き最強の索敵者たち
世の中には、どれほど強力な魔導師でも、どれほど勇敢な騎士でも、一目見ただけで悲鳴を上げ、反射的に全力で逃げ出す存在がいる。
ドラゴン?
ワイバーン?
グリフォン?
――違う違う。
そんな連中はそもそも滅多に会わないし、遭遇したら逃げるのは「正解」だ。
それは天敵というより、災害に近い。
本当の天敵というのは、もっと身近で、どこにでも潜み、しかも不意打ちで心を折りに来る。
通称――コックロ。
前世では「G」の頭文字で呼ばれ、黒く、茶色く、素早く、そして存在そのものがトラウマを刺激する、あの隣人だ。
夜中に床を走る影。
視界の端を横切る黒い線。
気配だけで心拍数を跳ね上げる、生態系のバグ。
一般的には忌み嫌われ、駆除対象で、語ることすら憚られる存在だが――
俺の配下としては、間違いなくトップクラスに役に立つ。
俺が従えているラットのランバたちは、優秀な探索者だ。
嗅覚、記憶力、連携。どれを取っても一級品。
だが、物理的な限界はある。
壁の割れ目。
床下のさらに奥。
通気口の先、配管の裏。
ネズミですら入れない“人の目も手も届かない場所”。
そこで出番になるのが、コックロだ。
彼らは狭い、暗い、汚いを主戦場にする生き物だ。
人間が存在を忘れている空間ほど、彼らは自由に動ける。
見つける。
ただし、動かさない。
発見した地点をラットたちに伝え、回収は任せる。
持ってくるのはラットだが、功労者は間違いなくコックロだ。
ちなみに、ラット一匹の周囲には、平均して五十匹ほどのコックロが潜んでいる。
今、ラットは二百……いや、三百匹近くいるはずだから――
単純計算で、コックロは万単位。
……全部一斉に出したら、「動く黒い帯」になるな。
想像するのは、やめておこう。
たまに、単独行動中のコックロと鉢合わせることがある。
彼らは、俺が主だと分かると、
体を少し起こし、右の前足をピッと上げる。
敬礼だ。
どう見ても、敬礼。
初めて見た時は、思考が止まった。
「……え? 今、敬礼した?」
「ご苦労さま。頑張ってくれてるな、ありがとう」
声をかけると、触角をふわりと揺らして満足げにする。
――この光景、客観的に見たら完全にアウトだ。
実際、以前これを偶然見られたことがある。
「……あ、あの子供……」
「今……黒い悪魔と……会話して……」
人が正気を失う瞬間の顔、というものを初めて見た。
そりゃそうだ。
Gと意思疎通している子供なんて、ホラー以外の何物でもない。
誤解のないように言っておくが、俺のコックロたちはかなり清潔だ。
暇さえあれば、前足で丁寧に体を拭き、翅を整えている。
病原菌の心配もない。
衛生的には、そこらの野良生物よりよほど安全だ。
……理屈の上では。
じゃあ、「触れるか?」と聞かれたら――
主人である俺でも、正直、心の準備がいる。
それでも、忠誠心は本物だ。
以前、探し物がどうしても見つからず困っていた時のこと。
一匹のコックロが、俺の指先に触角でツン、と触れてきた。
「……?」
導かれるままについていくと、そこに目的のブツがあった。
自分たちで回収せず、
あえて俺に“見つけさせた”らしい。
「ありがとう」
そう言うと、前足で頭を掻く仕草。
……知能、高いな?
外見がアレなだけで、性格も仕事ぶりも優秀。
間違いなく、頼れる部下だ。
まあ――
それでも人前に出す気は、一切ないけどな。
読んでいただきありがとうございます。




