第十六話:天空の狙撃と、影の代弁者
冒険者ギルドに「グリフォン出現」の凶報が走ったのは、カイトが伯爵邸から戻って数日後のことだった。
家畜を襲い、村人を脅かす天空の魔物。その討伐を、極秘裏に持ちかけてきたのは、ギルドマスターのグレッグである。
「カイト。……お前なら、どうする?」
試すような問いかけに、カイトは少し考え、淡々と答えた。
「正面からの空中戦は不利です。虫たちで視界を奪い、距離を保ったまま遠距離魔法で撃ち抜きます。基本は――相手に悟られない距離からの『狙撃』ですね」
「……できるんだな?」
「やってみます。ただし、素材の処理はお願いします」
短い沈黙の後、密約は成立した。
領主の騎士団も、宮廷付きの魔法使いも、被害が市街に及ばぬ限り腰は重い。
ならば――「掃除屋」の出番だった。
ビッグフライによる広域偵察を頼りに、カイトは街道沿いの険しい岩山を登っていた。
遥か高所の岩棚。翼を休めるグリフォンの姿を捉える。
(風下確保。距離、約二百――)
呼吸を整え、魔力を指先に集束させる。
(ジャイロ効果、流速加速……)
放たれた「ストーンバレット」は、もはや単なる魔法ではなかった。
銃身なきライフリングが空気を切り裂き、不可視の衝撃が一直線に走る。
次の瞬間。
天空の覇者の眉間が砕け、巨体が大きく揺れた。
叫びを上げる暇すらない。
グリフォンは、そのまま絶命した。
「……終わりですね。ランバ、みんな。落としてくれ」
呟きと同時に、影が蠢く。
溢れ出したジャイアントラットたちが、垂直に近い岩壁を駆け上がり、死骸を崖下へと突き落とした。
死骸の周囲で、凄惨な宴が始まった。
血肉を貪り、カイトの膨大な魔力を吸い上げた従魔たちが、一斉に変貌を遂げていく。
ジャイアントラットは、より細く、より精悍な「隠伏」の姿へ。
タグコックロは、重厚な鋼のような輝きを帯び。
ビッグフライは、不吉なほど大きな羽音を纏った。
(……俺自身も、もう後戻りできないところまで来ているな)
身体能力も、感覚も、制御を誤れば街を壊しかねない。
その事実に、カイトは苦笑する。
その時だった。
一匹のラットが、静かに前へ進み出た。
その瞳には、これまでの魔物には存在し得なかった――明晰な知性が宿っている。
「……あんさん、どないしたんでっか? 湿気た面して」
低く、妙にこなれた関西弁。
カイトが凝視すると、かつてのリーダーが不敵に口角を上げた。
「ワイでんがな。カイトはんに仕えとったラットや。進化のおかげで、知恵も言葉も身についてしもうた」
伝承に語られる存在――
影を自在に跳躍し、死角から命を刈り取る暗殺者の王。
ヒドゥンラット。
「……言葉が通じるなら、名が必要だな」
カイトは静かに告げる。
「ランバ。俺の知る、最高に格好良くて……最後は爆死。潔く散った男の名だ」
「爆死ちゅうのは勘弁してほしいもんでんなぁ……まあ、よろし」
ラットは肩をすくめるように笑った。
「ワイはランバ。よろしゅうお願いします」
月明かりの下。
影の暗殺者と、異世界の少年。
奇妙な主従の契約が、静かに結ばれた。
ふと、ランバが崖の上から「獲物」を放り投げてきた。
カイトが受け止めたのは、一抱えもある温かな卵だった。
「……グリフォンの卵か」
「親を殺したんはカイトはんでっけど、こいつに罪はあらへん。……どうしまんね?」
少しだけ考え、カイトは答える。
「……お前も、俺の影へ来るか」
魔力を通すと、卵は拒むことなく影へと沈み、同化した。
最強の女将・ベルタの剣。
理系知識で昇華された狙撃魔法。
言葉を持つ影の軍勢と、これから生まれる天空の騎獣。
カイトという存在は、もはや「有能な冒険者」という枠を踏み越えていた。
静かに、確実に――この世界の理を塗り替える特異点として。
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