閑話:鏡の前のクラリス(クラリス視点)
――どうして、あんなことを言われなければならなかったの。
部屋に戻り、扉を閉めた瞬間、クラリスはその場に立ち尽くした。
豪奢な調度品も、絹のカーテンも、今は何ひとつ目に入らない。
胸の奥が、じくじくと痛む。
あの冒険者。
カイトという名の、年下の、身分もない少年。
自分が放った言葉は、確かにいつも通りだったはずだ。
家を守るため。
家名を汚さぬため。
“正しいこと”を言ったつもりだった。
それなのに――。
「私には、あなたがただ『寂しくて注目を浴びたい子供』にしか見えない」
その一言が、何度も頭の中で反響する。
反論できなかった。
声が出なかった。
違う、と叫びたかったのに、言葉が喉で凍りついた。
悔しい。
悔しくて、腹立たしくて、惨めだ。
鏡の前に立つ。
そこに映るのは、完璧に整えられた伯爵令嬢の姿。
――でも。
あの少年の目には、これはどう映っていたのだろう。
借り物の服。
守られた屋敷。
与えられた立場。
祖母の声が、脳裏によみがえる。
「本物の強者は、家柄ではなく、その『手』で語るものだよ」
――うるさい。
そう思ったはずなのに。
思い出すたび、胸の奥がちくりと刺さる。
あの人は、私を叱ったのではない。
“見抜いた”のだ。
カイトも同じだった。
怯まなかった。
媚びなかった。
怒鳴り返しもしなかった。
ただ、事実だけを突きつけてきた。
だからこそ、否定できなかった。
……あの人は、自分の「手」で語っていた。
治し、立たせ、祖母を笑わせた。
私には、何がある?
唇を噛みしめる。
答えは出ない。
でも、一つだけ確かなことがある。
――あのまま終わりにはしたくない。
負けたまま、視線を逸らしたままでは、眠れない。
鏡の中の自分を、もう一度見つめる。
「……もう一度」
小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。
「もう一度、会ってみたい」
それは謝罪でも、好意でもない。
ただ、自分を否定した相手と、もう一度向き合いたいという衝動。
静かな夜の中で、
不遜なる姫は、初めて“自分の足で立つこと”を考え始めていた。
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