第十五話:不遜なる姫と、静かなる施術
カイトの「治療」の噂は、いつの間にか街の頂点にまで届いていた。
冒険者ギルドを通して届いたのは、メスチノ伯爵家からの正式な指名依頼。
依頼内容は簡潔だった――「治らぬ腰を治せ」。
伯爵邸の応接室は、無駄なほど豪奢だった。
柔らかな絨毯、磨き上げられた調度品。その中央で、ソファに深く腰掛けているのは、年老いた女傑エルザ。
「……あんたが噂の小僧かい?」
値踏みするような鋭い視線。
その顔は、痛みと苛立ちで歪んでいた。
「随分と若いね。まあいい、能書きはいらない。さっさとこの腰をどうにかしな!」
「母上、もう少し言い方を――」
ジークムント伯爵が慌てて口を挟むが、
「うるさいよ、ジーク! あんたが連れてくる医者は、どいつもこいつも口先ばかりだったじゃないか!」
一喝で黙らされる。
その瞬間だった。
「お父様!」
階段を駆け下りてきたのは、燃えるような金髪の少女――クラリス。
「汚らわしい冒険者を家に入れるなんて、私、認めませんわ!」
カイトを一瞥し、露骨に鼻を鳴らす。
「どうせ魔法で誤魔化す詐欺師でしょう? 伯爵家の品位が落ちます。今すぐ立ち去りなさい!」
部屋は一気に騒がしくなった。
だが――
「……静かにしていただけますか」
その一言で、空気が止まった。
カイトの声は低く、淡々としていた。
怒気も威圧もない。ただ、治療室で患者を制する時と同じ調子。
「騒音は、治療の妨げになります」
「な……っ!? 私に向かって、騒音ですって!?」
クラリスが声を荒げる。
カイトは、彼女をまっすぐ見た。
子どもを叱るわけでもなく、貴族を恐れるわけでもない――ただ一人の人間として。
「失礼ですが、お嬢様。あなたは今、ここにいる誰の役にも立っていません」
「……っ!」
「立場や肩書きは、あなた自身の価値を保証しません。
それを誇るしかないのなら……今のあなたは、とても幼い」
言葉は穏やかだった。
だからこそ、逃げ場がない。
クラリスは言い返せず、唇を噛みしめた。
「そこまでだよ」
低く、重い声が響いた。
エルザだった。
「いい度胸だ、小僧。……気に入った。来なさい。この腰、本当にどうにかできるか見せてもらうよ」
エルザを寝台に横たえ、カイトは腰に手を当てた。
(……硬い)
筋肉は鋼のように強張り、長年の無理が積み重なっている。
「よく、これで動けていましたね」
「ふん。戦士は弱音を吐いたら終わりさ」
「その誇り、今は毒になっています」
カイトは魔力を指先に集め、微細な振動とともに流し込んだ。
揉みほぐしと活性化を同時に行う、彼独自の施術。
「……っ」
エルザの身体から、ゆっくりと力が抜けていく。
「……熱い……いや……温かい……」
「正しい位置を、身体に思い出させています。
――あなたは、まだ終わっていませんよ」
一時間後。
立ち上がったエルザは、呆然と自分の腰を撫でた。
「……軽い」
傍らの大剣を持ち上げ、一振り。
空を裂く風切り音が、はっきりと鳴った。
「はは……二十年若返った気分だよ!」
「おばあ様……!」
クラリスが、信じられないものを見るように呟く。
「聞きな、クラリス」
エルザは孫を見据えた。
「本物は、家柄じゃない。この坊主の“手”だ。
あんたは、少し守られすぎていたね」
クラリスは何も言えず、涙を浮かべて部屋を飛び出した。
礼金を受け取り、邸を辞去するカイトの背中を――
二階の窓から、クラリスが見つめていた。
そこにあったのは、軽蔑ではない。
初めて真正面から否定してきた相手への、強烈な興味と執着だった。
静かな施術は、ひとつの身体だけでなく、
伯爵家の空気にも、確かな歪みを残していったのだった。
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