第十四話:癒しの掌(てのひら)と、新たな看板
街の通りで、カイトは見覚えのある後ろ姿を見つけた。
杖に体重を預け、片足をかばうように歩くその姿に、胸の奥が小さく疼く。
「……マリアさん?」
呼びかけると、彼女はゆっくりと振り返り、驚いたように目を瞬かせた。
「あら、カイト君。……大きくなったわねぇ」
それは社交辞令ではなかった。
歩幅、姿勢、重心の置き方――一目見ただけで、彼女の体がどこを庇っているのか、カイトには分かってしまう。
「膝、ですよね。少し診てもいいですか?」
マリアは一瞬ためらい、それから苦笑して頷いた。
「お願いしようかしら。最近、痛みが強くてね」
彼女の家は、通りから一本入った静かな場所にあった。
清潔な寝台に横になってもらい、カイトはそっと膝に手を置く。
(軟骨の摩耗……ヒールは痛みを消すけど、根は残る)
この世界で一般的な回復魔法は「症状」を癒す。
だが、原因そのものを定着させるところまでは踏み込まない。
「少し、温かくなります」
魔力を流すと、マリアの表情がふっと緩んだ。
「ああ……気持ちがいいわ」
「痛みは?」
「……もう、ないみたい」
「では、続けますね」
カイトは魔力を緩めなかった。
無痛の状態から、さらに深く。
軟骨が「そこに在る」ことを、体に思い出させるように。
やがて、マリアの呼吸は穏やかになり、浅い眠りに落ちた。
「……終わりましたよ」
声をかけると、彼女はゆっくりと身を起こし、恐る恐る床に足をつける。
一歩、二歩――そして、目を見開いた。
「……痛く、ない」
杖を置き、くるりと一回転するその姿は、年相応の少女のようだった。
「すごいわ……体が、軽い」
その笑顔を見て、カイトはようやく息を吐いた。
「カイト君……あなた、魔法が使えたのね」
「はい。黙っていました。目立つと面倒なので」
少し照れたように笑ってから、続ける。
「でも、もし使うなら……こういう使い方が、一番好きです」
マリアはしばらく彼を見つめ、それから静かに言った。
「同じ悩みを持つ人が、たくさんいるわ。紹介してもいい?」
「ええ。そろそろ、隠しきれないと思っていましたから」
「お代は?」
「……銀貨三枚くらいなら、通ってもらえますか?」
「喜んで来るわよ」
数日後。
ギルドのカウンターで、ミランダが眉をひそめていた。
「ねえ、カイト君。『膝の治療』とか『腰の痛み』とか……これ、あなた?」
事情を話すと、彼女は目を丸くした。
「そんなことまでできるのね……」
「本を読みました。人体の本です」
「本当に、勉強家なんだから」
少し間を置いて、ミランダは肩を揉んだ。
「……実は私も、最近肩が凝って辛くて」
カイトは微笑んだ。
「それなら、夕焼けの雁亭へ。夕食のついでに診ますよ。ベルタさんも、あなたに会いたがっています」
「本当? 行くわ、絶対」
その日、カイトは掲示板には向かわなかった。
ミランダがそっと避けていた、数枚の依頼書を手に取る。
「治療」「施術」「身体の相談」。
小走りでギルドを出ていく背中を、ミランダは穏やかな目で見送った。
失くし物を探す少年は、
いつの間にか、人々の日常を取り戻す存在になりつつあった。
その掌に宿るのは、剣でも魔法でもない。
――生きるための、ささやかな「癒し」だった。
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