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第十三話:魔力を喰らう蝶と手のひらの金貨

 冒険者ギルドの朝は早い。

 夜明け前、掲示板に張り出される「美味い仕事」を求め、荒くれ者たちが血走った目で殺到する。

 それが、この街の日常だった。

 だが――十三歳になったカイトに、その焦燥はなかった。

 素材回収や常駐依頼を主軸とする彼は、喧騒が一段落した時間帯を選び、静かにギルドの扉をくぐる。

 慌ただしい朝とは打って変わり、空気は落ち着いていた。

「……はぁ」

 カウンターの向こうで、ミランダが珍しく顔を伏せ、深いため息を吐いていた。

「何かありましたか?」

 声をかけると、彼女は疲れた笑みを浮かべて顔を上げる。

「ああ、カイト君……。薬草採取よ。最近、失敗続きなの」

「薬草、ですか?」

「街の西よ。エキムナ草が群生する、はずの安全な森」

「でも最近、向かった冒険者たちがね……気づいたら眠らされてたり、痺れて倒れてたりして、手ぶらで戻ってくるの」

 ミランダは唇を噛みしめる。

「調薬ギルドの在庫も底を突きかけてる。このままじゃ、回復薬が街から消えるわ」

 それは、街の生命線が断たれかねない兆候だった。

________________________________________

魔力を喰らう極彩色の死神

 ロランの協力で、過去の採取品に残る微量の残留物を確認したカイトは、単身で西の森へ向かった。

 影から放たれた従魔たちが、草木の海を滑るように進む。

 だが、ほどなくして――リーダーが、警告の鳴き声を発した。

 開けた草原。

 そこに広がっていたのは、異様な光景だった。

 青、紫、緑。

 陽光を弾く極彩色の蝶たちが、雪のような鱗粉を舞わせながら空を覆っている。

 息を呑むほどに、美しい。

 ――だが。

 足元には、ラットやタグコックロが、糸の切れた人形のように倒れ伏していた。

(鱗粉……神経毒性か)

 カイトは即座に判断し、癒しの魔法を展開する。

 目を覚ました従魔たちは、這うように影へと退避した。

 次の瞬間だった。

 一団の蝶が、明確な意志を持ってカイトへ向かってきた。

 肌に張り付き、細長い口吻が腕に突き立てられる。

(……魔力を吸っている?)

 血管を流れる魔力が、細い管で吸い上げられる感覚。

 だが――。

 蝶たちは、次第に翅を震わせ始めた。

 陶酔したように、美しく。

 そして、抗うことなく、影へと沈んでいった。

「……テイム、というより」

 カイトは静かに呟く。

「向こうが、離れなくなったのか」

 その名はモルフォイ。

 かつて魔力を蒐集する性質ゆえに乱獲され、絶滅したとされていた蝶。

 カイトは、知らぬ間に――

 森の静かな支配者を、その影に迎え入れていた。


 山のような薬草と、見えない異変を背負って戻ったカイトを、ミランダは言葉を失って迎えた。

「……カイト君」

 彼女は、慎重に言葉を選ぶ。

「あなた、テイマーよね?」

「普段は……肩に一匹、載せてるだけだけど」

 少しの沈黙。

「……本当は、どのくらいいるの?」

 カイトは考え、閉館間際の静まり返ったギルドの隅で言った。

「見せた方が、早いですね」

 影が、動いた。

 床を埋め尽くすほどの――ジャイアントラットの群れ。

 一匹一匹が鍛え抜かれた体躯と、赤い知性の光を宿している。

「……っ」

 ミランダは悲鳴を呑み込み、引き攣った笑みを浮かべた。

(これ以上は、やめておこう)

 巨大化したタグコックロまで出せば、確実に卒倒する。

「大丈夫です。全員、川で洗わせています」

「不潔ではありません」

「……カイト君」

 ミランダは乾いた声で笑った。

「そういう問題じゃ、ないと思うの」

 それでも――彼女は、震える手で報酬袋を差し出した。

 薬草不足を救った、緊急報酬。

 金貨一枚。

 掌に乗る黄金の重み。

 前世では当たり前だった「百万円」という価値が、この世界では命を救い、街の均衡を支える重みとなる。

 それは報酬であり、同時に――境界線だった。

 もう戻れない場所へ、一歩踏み込んだ証。

 カイトは静かに金貨を握りしめた。

 自分が今、

 「何者」になりつつあるのかを――理解しながら。


読んでいただきありがとうございます。

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