第十二話:右から左へ流れる銀貨と、双剣の真実
「銀貨二十枚で売れました」
宿に戻ったカイトの報告に、ベルタは鍋をかき混ぜる手を止めなかった。
「まあ……あの個体なら、そんなもんだろうね」
あまりにも素っ気ない反応に、カイトは少し意外そうに目を瞬かせる。
「探し物より、ずっと実入りが良い。……命を賭ける価値は、ありますね」
その言葉に、ベルタはゆっくりと手を止めた。
火から鍋を外し、少年をまっすぐに見る。
「そりゃあね、坊主。でもね――その銀貨は、そのまま“生きるための経費”に消える」
「……経費?」
「そうさ」
ベルタは指を折りながら語る。
「外で戦うなら、まず武器だ。業物ほど、研ぎと手入れに金がかかる」
「野営具、調理道具、替えの靴。傷を負えば薬草も要る」
「――稼ぎを、右から左へ流さなきゃならない時もある」
鍋の中で、スープが静かに煮えた。
「切れ味を保ち、明日を生き延びるための金さ。懐が軽くなるのは、弱くなるってことじゃない」
その言葉に、カイトの脳裏に前世の感覚が蘇る。
(……売上と利益は別物。減価償却とメンテナンス費用)
(家の中で完結する“探し物屋”の方が、純利益は高い……か)
思わず零れたその本音に、ベルタはニヤリと笑った。
「分かってるじゃないか」
「アタイとしてはね、あんたには外で名を売ってほしい」
「……いつまでも、この揺り籠の中にいられるわけじゃないだろ?」
その言葉は、優しく――だが確かに背中を押した。
十二歳。
この世界では、一人の男として選択を迫られる年齢だ。
カイトは特定の指名依頼を除き、「探し物屋」の看板を下ろした。
本格的な――狩人としての一歩だった。
さらに一年。十三歳の誕生日。
ベルタは、無言で二振りの剣を差し出した。
これまで三年間振り続けた刃引きの鉄剣と、同じ重さ、同じ重心。
だが、鞘から抜いた瞬間、空気が変わる。
刃紋は冷たく、研ぎ澄まされていた。
紛れもなく――殺すための道具。
「……いい刃だ。重みまで、体に馴染んでる」
「アタイの現役時代の予備を、打ち直させたのさ」
「大事にしな」
それ以上の言葉はなかった。
だが、十分だった。
カイトは二振りの真剣を帯び、ソロでの狩りを続けた。
従魔を増やすことは一時中断し、剣筋と間合いに全てを注ぐ。
解体もまた修行だった。
肉の繊維、骨の付き方、刃の入れどころ。
「あんた、解体も上手くなったねぇ」
ベルタは、捌かれたワイルドボアの断面を見て頷く。
「この出来なら、うちの客も文句は言わないよ」
「ロランさんにも褒められました」
「……そういえば、ロランさんとミランダさん、結ばれたそうですね」
ベルタは一瞬、目を伏せ――すぐに、穏やかに笑った。
「ああ。あの子も、ようやく幸せを掴んだ」
「……そのうち、あんたもこの宿を出ていくんだろうね」
少しだけ、寂しそうに。
「まあ、元の静かな宿に戻るだけさ」
ミランダは結婚後も、ギルドの受付に立ち続けていた。
「ロランの稼ぎが少ないから」と笑っていたが、カイトには分かっていた。
(彼女は……戦場を手放していない)
人は皆、それぞれの場所で戦っている。
カイトの戦場は、すでに森だった。
仕留めた獲物を解体し、人が食さぬ内臓や端材を地に並べる。
合図一つで、影から黒い群れが溢れ出す。
咀嚼音。
肉が裂ける、生々しい音。
異界の光景。
だが、カイトは冷徹にそれを見つめ、変化を記録していた。
魔物の肉と魔素を糧に、従魔たちは限界を超えていく。
ラットは小犬ほどの巨躯を誇るジャイアントラットへ。
コックロは鋼の外殻を持つタグコックロへ。
フライは猛禽のごとき羽音を響かせるビッグフライへ。
(……フィードバックが、直接“俺”に来ている)
掌を握る。
筋肉の密度、反射速度――人間の理論値を書き換える感覚。
かつての少年の面影は、もうない。
「……次は、もう少し強いのを狙うか」
影に向かって囁く。
「素材以外は、全部お前たちの糧だ」
暗闇で、無数の赤い眼が一斉に輝いた。
二振りの真剣。
人知を超えた筋力。
進化を続ける異形の軍勢。
カイトの冒険は、もはや“初心者の狩り”ではない。
それは――森の生態系そのものを揺るがす、異物の誕生だった。
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