閑話:噂の「母さん」
冒険者ギルドは昼時を迎え、いつも以上に騒がしかった。
酒、金属音、怒号。依頼掲示板の前では、新人と古参が言い争っている。
――そこへ。
「カイトー! 弁当だよ!」
場の空気が、ぴたりと止まった。
扉の前に立っていたのは、宿屋の女将ベルタ。
腕に提げた包みからは、はっきりと「家庭の匂い」が漂っている。
「……また来たぞ」
「今日もか」
「母さんだ……」
もはや説明は不要だった。
カウンターの奥から顔を出したミランダが、呆れ半分で声をかける。
「ベルタ、ここはギルドよ? もう少し静かに――」
「昼飯の時間だろ?」
ベルタは当然のように言い返し、周囲を一瞥する。
「腹減らしてるとロクな判断しないからね」
その言葉に、なぜか数人の冒険者が胸を刺されたような顔をした。
「……正論だ」
「耳が痛い」
カイトは少し気恥ずかしそうに歩み寄る。
「ありがとう、母さん」
「はいはい。冷めないうちに食いな」
完全に“いつもの光景”だった。
――にもかかわらず。
「なあ……」
隣のテーブルで、若い冒険者が小声で囁く。
「あの探し物屋って、女将の息子だったのか?」
「血、繋がってなくね?」
「でも母さんって呼んでるぞ」
「じゃあ……養子?」
「いや、拾われたとか?」
「拾われたにしては強すぎない?」
話は勝手に盛られていく。
「実は元貴族の落胤で……」
「ベルタが裏で育てた最終兵器説」
「怒らせたら母さんが出てくるんだろ?」
「それは詰みだな」
ベルタはその視線に気づき、眉をひそめた。
「……なんだい。さっきから」
「い、いえ別に!」
「仕事の話してただけです!」
一斉に姿勢を正す冒険者たち。
ミランダはその様子を見て、くすりと笑った。
「完全に“母さん付き”って認識ね」
「勝手に言わせときな」
ベルタは肩をすくめる。
「迷惑かけなきゃ、それでいい」
「ほんとに?」
「……しつこいよ」
ベルタは弁当箱を空にしたカイトを見て、満足そうに頷いた。
「じゃ、行ってきな」
「うん。行ってくる」
カイトが去ると、再びひそひそ声が広がる。
「見たか?」
「完全に家族だ……」
「母さん公認ってやつだ」
ミランダは手を叩き、場を締める。
「はいはい、観察はそこまで!
お母さんは帰るし、あんたたちは仕事!」
「「「はーい!」」」
ベルタは扉の前で立ち止まり、振り返る。
「怪我するんじゃないよ!」
「「はい、母さん!」」
……。
「誰がアンタらの母さんだい!」
怒鳴り声と笑い声が重なり、ギルドは再びいつもの喧騒を取り戻した。
――こうして今日も、
**「探し物屋カイトの母さん」**は、
ギルドに確かな存在感を残していったのだった。
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