閑話:余計なもの
朝の光が、宿「夕焼けの雁亭」の食堂に差し込む。
朝食の香ばしい匂いの中、カイトは身支度を整え、ふと立ち止まった。
「……母さん」
その呼びかけに、ベルタの手が一瞬だけ止まる。
「母さん……って呼んでいいかな?」
短い沈黙。
ベルタはふん、と鼻を鳴らし、わざとそっぽを向いた。
「こんなんで良ければ、呼ぶがいいさ」
顔は逸らしているくせに、背筋はぴんと伸びている。
その背中が、どうしようもなく誇らしげに見えたのは、きっと気のせいじゃない。
「じゃあ、母さん。行ってくる」
「おう、行ってきな! 稼いでくるんだよ!」
「任せといて!」
元気よく言い残し、カイトは宿の扉を開けていく。
ベルタはその小さな背中が角を曲がるまで、黙って見送っていた。
「……母さん、ねえ」
いつの間にか隣に立っていたミランダが、にやにやとした顔でベルタを見る。
「カイトがそうするって言ったんだから、いいだろ!」
即座に返す声は少しだけ大きい。
「嬉しいんでしょ?」
「そんなこと無いさね。余計なものが増えて困ってるってだけさ」
「うっそだー」
「アンタ、それ以上言ったら、あんただけおかず減らすよ!」
「それは困る」
「ほら、さっさと食って行ってきな!」
「はーい!」
ミランダは軽やかに手を振り、宿を後にした。
食堂に残ったベルタは、鍋をかき混ぜながら、ふっと小さく息を吐く。
「……まあ、余計なもんがあるほうが、悪くはないんだがね」
その呟きは、誰に聞かせるでもなく、朝の湯気に溶けていった。
「ほら、お前らもだ! さっさと食って仕事に行きな!」
ベルタの一声に、食堂にいた冒険者たちが慌てて皿を掻き込む。
いつもと変わらない、少し騒がしい朝。
だがその中心には、確かに一つ――
新しく増えた、温かな居場所があった。
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