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第九十八話:王都コタツ狂想曲

 カイトの私室という、わずか数畳の空間から発生した「コタツ」という名の魔力。それは冬の乾いた空気マナに乗って、瞬く間にグランヴィル侯爵邸を侵食し、ついにはリスタニア王国の心臓部である王宮へと、防ぎようのない速度で伝染していった。

 これは、最強の魔導具がもたらした、国家規模の「幸福なる没落」の記録である。


 まずその毒牙にかかったのは、カイトの祖父母であるグランヴィル侯爵夫妻であった。 カイトが「日頃の感謝です」と、最新の熱交換回路を組み込んだ特製コタツと、背もたれの角度を魔力制御で自在に調整できる『魔導リクライニング座椅子・きわみ』を導入した結果、侯爵家の厳格な生活体系は一変した。

「……ふむ。カイト、これは……いかんな。武人として、この温もりはあまりに甘美すぎる」

 かつて数多の戦場を駆け抜け、「リスタニアの鉄壁」と恐れられた猛将オズワルド。彼は今、重厚な甲冑を脱ぎ捨て、コタツの布団から鼻先と老眼鏡だけを出し、まるで冬眠中の亀のように丸まっていた。手元には、カイトが差し入れた「ミカン(風の小果実)」の山。

「本当ですわね、貴方……。あんなに熱心だった夜会の準備も、今では鏡を見るのさえ億劫になってしまいますわ」

 公爵夫人マリーもまた、座椅子に深く身を沈め、とろけるような表情で温かいハーブティーを啜っている。窓の外では激しい雪が舞っているが、この四角い木製の結界の中には、社交界の権力争いも、領地経営の義務も存在しない。ただ「コタツという名の絶対平和」だけが、老夫婦を優しく無力化していた。


 一方、事態は王宮でさらに深刻化していた。 アルフレッド王は、カイトに半ば泣きつく形で「極秘の執務用コタツ部屋」を設営させた。しかし、そこには先客がいた。

「これは良いものね、カイト殿! 腰の芯まで温まるし、何より一度座ったら、立ち上がるという選択肢が脳から消去されるわ!」

 巨大なコタツにどっしりと腰を据え、ふかふかの座椅子に身を預けているのは、復活を遂げた女傑・ソフィア王太后である。彼女は今や、王宮の重要な決裁をすべてコタツの上で行っていた。

「お母様……。それ、私にも一台、いえ、その端っこだけでも譲っていただけませんか?」

 アルフレッド王が、執務机(通常の椅子)に座りながら、羨望と恨めしさが混ざった目で見つめる。

「ダメよ、アルフレッド。これはカイト殿が私のために調整してくれた特注品。私だけの聖域テリトリーですもの。陛下なら、陛下らしく冷たい玉座に座っていなさいな」

「……ならばカイトに親書を送らねばならん。『至急、王専用の座椅子と、陛下を廃人にするレベルのコタツを献上せよ』とな!」

 その横で、エドワード王子が切実な面持ちで身を乗り出した。

「父上! 僕も冬休み明けに、この『魔導コタツ・ポータブル』を寮へ持っていってもよろしいでしょうか!?」

「却下だ! そんな魔導具を持っていってみろ、お前は一日たりとも教科書を開かなくなる! 国家の世継ぎがコタツの魔力に屈するなど、断じて許さん!」

「でも父上! さっきからコタツの中に足を突っ込んだまま、顔だけ真面目にして書類に判を押しているじゃないですか! 布団の中で足の指を動かして喜んでいるのを、僕は知っているんですよ!」

 王宮の威厳は、一枚の掛け布団によって風前の灯火となっていた。


「国王陛下が、執務室にある『謎の魔法の机』から一歩も動かなくなった」という噂は、尾尾に鰭がついて瞬く間に貴族たちの間に広まった。

「陛下の執務を支えるあの『魔導暖炉机』は何だ!?」 「あれを導入していない家は、もはや時代の先端を往く貴族にあらず!」

 カイトの元には、連日「我が家にも一台! 予算は厭わん!」と願う貴族たちの使者が殺到し、カイトの寮のポストはパンク状態に陥った。事態を重く見た(というか、自分だけが責められるのを避けたい)アルフレッド王は、再びカイトを召喚した。

「どうだ、カイト。このコタツと座椅子、意匠を整えて王立工房で量産してもよいか? このままでは貴族たちが暴動を起こしかねん……いや、正確には『コタツを寄越せ』というデモが起きる」

「ええ、ご随意に。構造自体は私の公開している魔導回路の応用ですから、王立工房の職人なら作れるでしょう」

 カイトの快諾を得て、王立工房は二十四時間体制でフル稼働。 やがてコタツは「最高級の魔導家具」として貴族のステータスとなり、豪商たちの間では「天板に金細工を施したラグジュアリー・モデル」が富の象徴となった。 王都の高級家具店では、「今年一番の流行は、マホガニー材を使用した『ロイヤル・コタツ』ですわ。これに座らずして冬を語るなど、野蛮人のすることですわね」と、貴婦人たちが優雅に(しかし腰から下はコタツに入って)談笑する光景が日常となった。


 結果として、その年の王都は異様なまでに静まり返った。 誰もがコタツの引力に抗えず、例年なら華やかに開催される社交界の夜会は激減。貴族たちは「自宅のコタツでミカンを剥く」という、かつてないほど庶民的で文化的な越冬スタイルを選択した。

 経済は「コタツ本体」「高カロリーな冬のスイーツ」「ミカン」、そしてコタツから出ずに済むための「遠隔操作魔導具」のみで回り始めた。

「……カイト様。王都中の人々が、私たちと同じようにダメになっていますわ。これ、もしかして国家的な危機ではありませんの?」

 グランヴィル邸のコタツで、半分眠りながらクラリスが呟く。彼女の膝の上では、アウラが「きゅう……」と満足げな声を上げて丸まっている。

「……いいんじゃないか? 争いも起きないし、みんな温まって幸せそうだ。俺も、冬休みが終わるまでは、この『一畳の宇宙』から一歩も動かないつもりだ」

 カイトは、ランバが影から差し出したミカンの皮を、丁寧な手つきでピラミッドのように積み上げながら、遠い目で答えた。

 王都を席巻したコタツ旋風。 それは、どんな強力な攻撃魔法や鋭い剣よりも確実に、リスタニア王国の人々の闘争心を「無力化」し、温かで堕落した、至福の冬を届けていた。


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