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第九十五話:王太后の覚醒と「副作用」

 それは、グランヴィル公爵邸での穏やかな午後のことだった。 カイトはソフィア王太后の定期治療に訪れていたが、この日の彼女はどうにも精彩を欠いていた。長年の公務による蓄積疲労か、あるいは季節の変わり目による気力の減退か。「最近、どうも腰が重くて、思考まで霞むようですわ」と力なく微笑む老婦人の姿に、カイトはふと考えた。

(……これくらいなら、あの試作果実を混ぜても問題ないか)

 カイトは懐から、虹色に輝く「最高に甘くて元気が出る実」の小さなかけらを取り出し、用意された紅茶の添え菓子にそっと忍ばせた。 その一切れを口に運んだ瞬間、ソフィアの瞳に微かな火が灯った。

「あら……? なんだか、胸の奥が熱くなるようですわ。美味しい……もっといただいてもよろしいかしら?」

 オズワルドとマリーが「珍しく食欲がおありだ」と喜ぶ中、ソフィアは一切れ、二切れ、三切れ……と、止まることなくその実を口に運んだ。 会話に花が咲く頃には、ソフィアの頬は少女のような赤みを帯び、声の張りは見違えるほどになっていた。「グランヴィル家も、このリスタニアも、私がもっとしっかり見守らなくては!」と語る彼女の背筋は、いつの間にか定規で引いたように真っ直ぐに伸びていたのである。

 カイトは(細胞が活性化して、気力が戻ったな)と、治療の成功を確信してその場を辞したのだが——。


 数日後。カイトは王宮から「国家存亡の危機」と言わんばかりの超特急の呼び出しを受け、謁見の間へと足を運んでいた。 そこにいたのは、威厳に満ちた国王アルフレッド・ゼ・リスタニア……ではなく、眉間に深い皺を刻み、幽霊のように憔悴しきった一人の男だった。

「……おお、カイト。よく、よく来てくれた。頼む、まずは座ってくれ。私はもう立っている気力がないのだ」

「陛下、一体どうされたのですか? 顔色が土色のようですが、呪いでも受けられたのですか?」

「呪いならどれほど楽だったか……! 私ではない、母上だ。王太后様だよ!」

 アルフレッド王がデスクに突っ伏し、重い溜息を吐き出したその時——。 廊下の向こう側から、空気を切り裂くような「カッカッカ!」という、驚くほど高圧的で覇気に満ちた笑い声が響いてきた。

「陛下! 徴税の効率が悪すぎるわ! 財務省の連中は算盤の弾き方も忘れたのかしら!? 騎士団の訓練メニューも甘いわ、あんなのはお遊戯よ! 王宮の庭園も、色彩のバランスが納得できないから、今日中に全部植え替えなさい!」

 声の主は、間違いなくソフィア王太后だった。かつては腰を庇い、静かに茶を啜っていたはずの老婦人が、今や全盛期の「女傑」としての覇気を全身から放出し、重いフルプレートの鎧を着た近衛騎士たちを置き去りにして廊下を全力疾走していた。

「……元気なのは結構なのだが」

 アルフレッド王は、遠ざかる母の怒号を聞きながら、カイトに怨念に近い視線を向けた。

「カイト、一体何をしたのだ? 母上はあの日、公爵邸から戻った瞬間、瞳に黄金の炎が灯ったかと思うと、十数年ぶりに杖を投げ捨てて立ち上がり、王宮内の全部署に抜き打ち監査を始めたのだぞ」

「……ただの、少しばかり栄養価の高い、天然の果実のつもりだったのですが」

「度が過ぎている! おかげで大臣の三分の一は過労で倒れ、私は今朝だけで三時間、母上の『帝王学の再教育(説教)』を受ける羽目になったのだ! 懐かしいを通り越して、もはや拷問だ! 元気なのは喜ばしいが、限度というものがある!」

 アルフレッド王は、遠くの廊下から聞こえる「瓦のズレが気になるわ! 梯子を持ってきなさい!」という太后の声を苦笑交じりに聞きながら、震える声で続けた。

「今は王宮の屋根に自ら登って、瓦のズレを素手で直そうとしておる……。近衛騎士たちが泣きながら『お降りください王太后様!』と縋り付いているのを、片手で振り払っておられるのだぞ」

 カイトは冷や汗を拭いながら、リィンの癒しの精霊と、自身の治療魔法を掛け合わせた際の相乗効果を思い返した。 (リィンの「活性」と、俺の「再生」……。枯れかけていた老人の細胞が、全盛期の二十代並みに若返り、精神のストッパーまで吹き飛ばしてしまったか……)

「陛下、ひとまず落ち着かせるため、リラックス効果を限界まで高めた『超鎮静用の実』を急ぎで用意します。それで少しはお休みいただけるかと」

「頼む、すぐだ! 今すぐ作ってくれ! このままだと私が先に精神を病んで隠居する羽目になる!」

 アルフレッド王がカイトの手を握りしめたその瞬間、廊下から地響きのような足音が近づいてきた。

「カイト殿はいらっしゃらなくて!? 次のレシピの相談があるのよ! ついでにこの王宮の構造改革についても意見を聞きたいわ!」

 反射的に、カイトは気配消去の魔法を全開で発動し、ついでに空間転移の予備動作に入った。

「……あ、陛下。急用を思い出しました。果実の調合に集中しますので失礼します」

「あッ、待てカイト! 私を置いていくな! カイトォォーッ!!」

 主を失った謁見の間で、アルフレッド王の寂しげな絶叫だけが、虚しく響き渡るのだった。


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