第九十三話:秘密の温室と虹色の鼓動
森の遠足から帰宅したカイトは、夕食もそこそこにグランヴィル邸の広大な庭の片隅、普段は誰も立ち入らない古びた物置小屋の裏手に陣取っていた。
その手には、森の猿から託された、虹色の光沢を放つ三粒の「種」がある。
「カイト様、本当にここで始めるのですか?」
リィンが不安そうに周囲を見渡す。彼女の周りでは、森から付いてきた精霊たちが、種から漏れ出る強烈な生命力に当てられ、ソワソワと浮き足立っていた。
「ああ。これだけのエネルギーを持った種だ。普通に植えても王都の気候じゃ枯れるか、逆に周囲の植物を食い荒らしかねないからな」
カイトはそう言うと、持参した道具を広げた。
カイトがまず取り出したのは、ロックリザードの鱗を加工した強化板と、いくつかの魔石だ。
「ルーヴ、土台を影で固定してくれ。アウラ、資材の運搬を頼む」
「承知いたしました」
「まかせて、カイト!」
学園祭で作った保冷庫の技術を応用し、今度は逆に『一定の温度と魔素濃度を保つ密閉空間』――魔導式温室を組み上げていく。
空気循環の回路を組み込み、リィンの精霊魔法を効率よく循環させるための魔導糸を張り巡らせる。
数時間の作業の末、庭の隅に奇妙な輝きを放つ小さなカプセル状の温室が完成した。
カイトは慎重に土を盛り、リィンが精霊の力を込めた水を注ぐ。
そして、ついにその中心に芽吹いた虹色の種を埋め、残りもそのそばにと埋めた。
――ドクン。
温室全体が、生き物のように一度だけ脈動する。微かに光りが変化し、まるで種が息をしているかのようだった。
「……精霊たちが、喜んでいます。ひれ伏しているような……。カイト様、これはただの果実なのでしょうか?」
リィンが目を輝かせ、温室のガラス越しに中を見つめる。
「さあな。猿たちが守っていたものだ。少なくとも、この世界に今ある果物とは一線を画すだろう。……上手く育てば、とんでもないスイーツになるか、あるいは世界を変える薬になるかもしれない」
カイトは額の汗を拭い、満足げに微笑む。だが心の奥底では小さな緊張もあった。
(失敗したら……いや、何が起こるか想像もつかないな)
「カイト様、王都の土や気候で、この生命力を受け止められるでしょうか?」
心配そうなリィンに。
「普通に植えたら、芽吹く前に周囲の栄養を吸い尽くして枯れるだろうな。……よし、専用の温室を作ろう。リィンの精霊魔法で安定させれば大丈夫だろう」
カイトが言う。
クラリスは小さく笑い、葉や花の装飾で温室を「庭の一部」に溶け込ませる。
「これで、目立たない。
でも、どんな実がなるのか楽しみですわ。世界を驚かせる絶品スイーツ、期待していますわよ?」
リィンも精霊たちと共に張り切り、アウラが背中で「たべる!」と無邪気にせがむのを、カイトは苦笑しながら制止した。
「全力でサポートいたします、カイト様」
ルーヴは落ち着いた声で補佐を宣言する。
翌朝、グランヴィル邸を散歩していたオズワルドが眉をひそめる。
「……なんだか、あっちの角から凄まじい魔力を感じるのだが、気のせいか?」
だが、完璧なカモフラージュにより、温室の正体は誰にも知られなかった。
こうして、カイトの「秘密の栽培計画」が始まるのだった。




