第九十話:学園祭と、最強のメイド軍団
秋の気配が深まり、リスタニア王立アカデミーを彩る並木道が黄金色に染まる頃。学園最大の行事である「学園祭」が幕を上げた。騎士科、魔導科、内政科……多種多様な才能が集うこの場所で、生徒たちは例外なく一つの企画に参加しなければならない。
喧騒と熱気に包まれる校内、カイトが提案したのは、前世の記憶と今世の魔導技術を融合させた「スイーツ専門のオープンカフェ」だった。
学園祭前夜。カイトは静まり返った王宮を訪れ、リスタニアの頂点、アルフレッド王と対峙していた。
「陛下、学園祭にて、以前王宮に提供したスイーツの一部を出す許可をいただけますか? 商業的な利益よりも、まずは学園の行事を盛り上げるためです」
「……ふむ。元は貴殿が持ち込んだ未知のレシピだ。余がとやかく言う筋合いではない。好きにするがよい」 アルフレッド王は重厚な玉座に深く腰掛け、豪快に笑った。 「むしろ、その菓子で民に、そして若き学徒たちに希望を与えてくれ。貴殿の作るものは、単なる食い物以上の価値がある」
王の「全権委任」とも取れる太鼓判を得たカイトは、その足で準備に取り掛かった。驚異的なのは、その圧倒的な「創造」の速度である。
カイトは魔導具師としての天賦の才をフル回転させ、わずか数日で厨房設備を自作した。木の温もりを活かしたシックな英国風の屋台を組み上げ、そこへ規格外の魔導具を惜しみなく組み込む。 かつて討伐した「ロックリザード」の鱗を加工し、極低温の氷の魔石と連動させた「魔導保冷庫」。常に紅茶を最適温度に保つ、魔力波長調整式の「加熱プレート」。学園祭の屋台という概念を根底から覆す、無駄に高性能な設備が静かに火を入れた。
そして当日。カイトが用意した「接客の最終兵器」が姿を現したとき、アカデミーの男子生徒たちは一様に呼吸を忘れた。
「……カイト様。この、ふりる……という格好。本当に大丈夫でしょうか?」
「似合っているわよ、リィン。私も、王都でこれほど動きやすく、かつ機能的な正装は初めてですわ」
そこには、カイトの記憶にある「クラシック・メイド」を完璧に再現した衣装に身を包む四人の姿があった。 誇り高き伯爵令嬢でありながら、どこか楽しげに裾を揺らすクラリス。 少し気恥ずかしそうに長い耳を震わせる、エルフの精霊使いリィン。 一寸の乱れもない動作で立ち振る舞う、銀髪の守護者ルーヴ。 そして、愛らしい幼女の姿に擬態し、看板娘として微笑む聖鳥アウラ。
最強の従魔、最高位の貴族令嬢、伝説の精霊使い。 世界を揺るがす戦力たちが、カイトの一言で「至高の給仕」へと変貌した瞬間だった。
開門と同時に、カイトのカフェは異常な熱気に包まれた。だが、その喧騒がふわりと割れ、周囲の空気が一変する。
「カイト! 約束通り、食しに来たぞ!」
豪快な声と共に現れたのは、現国王アルフレッド・ゼ・リスタニア。その後ろには、次代を担う王太子エドワード、そして毅然とした美しさを湛えた王太后ソフィアが控えていた。
「……約束はしていなかったはずですが。私はただ、レシピの使用許可を頂いただけで」
カイトが少し困ったように眉を下げて応じると、ソフィア王太后が慈しむような笑みでそれを遮った。
「カイト、そんな風に許可を求められれば、新しいレシピのお菓子が出てくると期待してしまうのが人の性でしょう? 実際、そこの棚には見たこともない白いムースがあるじゃない」
好奇心旺盛に屋台を覗き込む王太后に、カイトは観念したように溜息をつく。 「……まあ、一応お祭りですから。新作くらいは、ね」
「ふふ、お陰様で腰の調子はすこぶる良いわ。あの日、貴方に治療してもらわなければ、今こうして人混みの中を歩き回ることなど叶わなかったでしょう。……本当に、感謝しているわ」
ソフィアはカイトの手を取り、周囲の視線を気にせず、心からの感謝を伝えた。
「王太后様、あまりはしゃぎすぎないでください。……エドワード様も、試験の結果は上々だったと聞きました。おめでとうございます」
「カイト先生! おかげさまで、教授陣も驚くほどの点数が取れました。……でも、今日ばかりは教え子としてではなく、一人の生徒としてそのスイーツを味わわせてください!」
メイド服姿のクラリスとリィンが手際よく王族を特等席へ案内し、ルーヴが淀みない動作で、最高級の茶葉を用いたお茶を供する。王族が庶民的な屋台に座るという異常事態に、周囲の学生たちは石像のように硬直していた。
「ほう……ロックリザードの鱗を冷却板に使うとはな。お前の魔道具は、常に実利と驚きが同居している」 アルフレッド王が、保冷庫の内部構造を軍事機密を見るような鋭い目で見つめる。
「さあ、カイト殿。私を驚かせてちょうだい」 ソフィアの催促に応じ、カイトが差し出したのは、冷たく冷やした新作『砂糖大根のホワイトムース』。
「……美味い。砂糖大根の雑味を消し、これほどまでに透明感ある甘みを引き出すとは」 王が唸り、王太子が目を輝かせる。 「やはり貴方の手は魔法の手ね。病を癒し、人を笑顔にする……。グランヴィルの宝であり、リスタニアの希望だわ」
「それは言いすぎです。自分はただ、作りたいものを作っているだけですから」
カイトが淡々と応じる中、王家が絶賛し、最高位の貴族令嬢やエルフが給仕する店という噂は、雷のような速さで学園中に広まった。
王族が去った後、堰を切ったように客が押し寄せた。数日分用意していた在庫は、数時間で完売。 「……ふぅ、やっと終わったな」
夕暮れ時、看板を下げたカイトは、メイド服姿の四人を引き連れて後片付けを終えた。そのまま、衣装を着替える間もなく、学園祭の終わりの雰囲気を楽しもうと歩き出す。
カイトを先頭に、寄り添う四人の美女(と一人の幼女)。 全員がフリルとリボンのメイド服姿のままである。
「……おい、あのアカデミー生、何者だ? 王族と対等に話していただろ」
「あれ、完全にハーレムになってないか? 羨ましいとか言うレベルを超えてるぞ……」
「見ろよ、あの銀髪のメイド。人形かと思うほど綺麗だ……」
「あっちのエルフの子も……。それに、伯爵家のクラリス様までメイド服なんて、どんな魔法を使ったんだ!?」
羨望、驚愕、嫉妬、そして畏怖。 混濁した視線が突き刺さる中、カイトは「目立つのは嫌だなぁ」と小さくぼやきながら、無意識に四人をエスコートする。本人は騒ぎを避けて端を歩いているつもりだが、その堂々とした立ち振る舞いと、最強の女性陣を従える姿は「隠しきれない王者の風格」を醸し出していた。
それはもはや、学園祭のどんな出し物よりも目立つ、華麗なる「凱旋パレード」となっていた。
影の中で、ランバが呆れたような声を送る。 『旦さん、もう諦めなはれ。アンタがどこを歩こうが、そこが世界の中心なんですわ。……よう似合ってまっせ、その主役の座!』
カイトは夕焼け空を見上げ、苦笑した。
「俺はただ、静かにスイーツを作りたかっただけなんだけどな……」
その言葉とは裏腹に、彼の後ろに続く四人の乙女たちは、誇らしげに、そして幸せそうに、主の背中を見つめていた。




