第八十一話:白金の収穫と、陽だまりの午後
グランヴィル領から王都へと運び込まれた、雪のように白く輝く「砂糖大根」の精製糖。それは瞬く間に「白金」の異名で知れ渡り、貴族たちの食卓を席巻した。これまで王都で流通していたのは、南国から輸入される高価で色味の強い黒糖や、貴重な蜂蜜のみ。そこへ現れた純白の甘みは、まさに革命だった。
領主の執務室。カイトの手元には、王都の商会や有力貴族から届いた注文の親書が、山のように積み上がっていた。
「……どれもこれも、言い値で買うから優先的に回せ、ですか。安くない代物なんですけどね。皆さん、そんなに必死にならなくても」
呆れ顔で手紙を整理するカイトに、隣に座るオズワルドが鼻を鳴らした。
「何を言う。南国のサトウキビから取れる砂糖は、我が領のものよりはるかに高価な上に、独特の雑味があって色も黒ずんでおる。この純白の輝きと、どこまでも澄んだ甘み……。これほどの品は、王族ですら滅多に口にできん最高級品なのだぞ」
「黒糖は黒糖で、コクがあって悪くないんですけどね。煮込み料理に使ったり……」
カイトが独り言のようにぼやくと、オズワルドはトレイに置かれた白銀の粒を一掴み手に取り、愛おしそうに、そして感心したように見つめた。
「魔法と知恵を使い、この地を砂糖の一大産地へと変貌させたお前の功績は計り知れん。いずれこの種は、金と同じ重さで取引されることになるだろうな。グランヴィルは、剣ではなくこの『白金』で国を動かすことになるかもしれんぞ」
「……凄い話ですね。でも、ただの食べ物ですよ」
カイトは軽く笑みを浮かべ、窓の外を見た。そこには自分が蒔いた種が、領民たちの手によって豊かな黄金色の波となって広がっている。
「そんな小難しい話ばかりして。せっかくの休日なんですもの、庭に出ましょうよ」
扉を開けて現れたマリーが、難解な政務の話を遮るように明るい声を出す。その後ろからは、待ちきれないといった様子のクラリスが顔を覗かせていた。
「そうよ、カイト! 今日はこんなに天気がいいのですもの。お茶の準備もできているわ」
「了解。……お爺様、続きはまた今度にしましょう。主の命令には逆らえませんから」
「……ふむ。我が家がこれほど明るくなるとはな。よかろう、私も付き合おう」
オズワルドは満足げに目を細め、家族の後を追った。 手入れの行き届いた庭園の芝生に一行が現れると、のんびりと日向ぼっこをしていた「影」の住人たちが一斉に顔を上げた。
「えっ……グ、グレートウルフ!? 伝説の魔狼が、こんなにたくさん……」
新入りのリィンは、目の前に並ぶ巨体群を見て腰を抜かさんばかりに驚愕した。一頭でも村を滅ぼしかねない災厄級の魔獣が、まるで飼い犬のように寛いでいる。しかし、クラリスは慣れた足取りでその中の一頭に近づいていった。
「リィン、大丈夫よ。この子たちはとってもお利口ですもの。ほら、見て」
クラリスが白い指先を伸ばすと、一頭のグレートウルフが「くぅ」と甘えたような喉を鳴らし、巨大な体を無防備に転がして、仰向けに腹を見せた。
「ここ、おなかがとっても柔らかくて気持ちいいのよ!」
「わぁ……本当だ、ふわふわです……! 怖いどころか、とっても温かい……」
恐る恐る触れたリィンも、その極上の毛並みに一瞬で魅了された。精霊と心を通わせる彼女だからこそ、魔狼たちの内側にある穏やかな魔力が理解できたのだろう。二人はいつの間にか、巨体に埋もれるようにしてじゃれ合い始めた。
その時、銀色の毛並みを誇らしげに輝かせたルーヴが、トレイを背に固定した専用の器具を器用に使い、優雅な足取りで現れた。
「お待たせいたしました。本日のお茶と、クラリス様特製の砂糖菓子でございます」
「ありがと、ルーヴ。いつも助かるよ」
カイトが近づいて頭を撫でると、ルーヴは嬉しそうに目を細め、千切れんばかりに尻尾を振った。その光景は、恐ろしい魔獣の王というよりは、忠実な家族そのものだった。
揺れる木漏れ日、女性たちの楽しげな笑い声、そして足元でくつろぐ魔獣たち。オズワルドは、テラスの椅子に深く腰掛け、用意された紅茶の香りを吸い込んだ。
「カイトがここへ来てから、まだそれほど時間は経っておらぬというのに……これほど劇的な変化が起こるとはな。以前のこの家は、ただ静かで、冷え切っていた」
オズワルドの静かな呟きに、隣に座るマリーも深く、慈しむように頷いた。
「ええ。まるで止まっていた時計が、あの子の手によって再び動き出したようですわ。……冷たい北風のようだったこの領地に、あの子が運んでくれた温かな、新しい風ね」
カイトはカップを片手に、流れる白い雲を眺めていた。耳に届くのは、自分を呼び捨てにして笑い合うクラリスの声や、リィンの驚きの声、そして時折混じるリリィのぶっきらぼうな冗談。
(……いい風だなぁ)
かつて孤独の闇の中で、ただ生きるためだけに牙を研いでいた「親なし」の少年は、今、自らが作り出した温かな居場所の中にいる。 降り注ぐ穏やかな午後の光。それを全身に浴びながら、カイトは自分が守るべきものの重みと、それを愛おしむ心の温かさを、静かに噛み締めていた。




