第一話 双子の緑と桃
「も、桃! やめてよ! 黒也に勝手に抱きつくのは!」
「へへーん。聞かないし、聞こえなーい」
爽やかな夏の朝だというのに、今日も今日とて、双子の姉妹が僕を挟んで騒いでいる。ギャーギャーと。蝉の鳴き声がかき消されてるじゃん。
「はあ!? お姉ちゃんの言うことを聞けないっていうの!?」
「へえー、こんな時だけお姉ちゃん面ですか。相変わらず調子が良いですなあ。悔しいんだったらさ、お姉ちゃんもクロちゃんに抱きついてみればいいじゃん。まあ、できるわけないか。だってヘタレだもんねえー。あはっ!」
「へ、ヘタレですって! そんなわけないじゃない! そ、それに、その……わ、私だってそのくらいは……。って、別に私は黒也のことなんてなんとも思ってないし!」
「やれやれ。ほんと素直じゃありませんなあ、お姉ちゃんは。ねえ、知ってる? お姉ちゃんみたいな人のことをツンデレっていうんだって。これからはツンデレお姉ちゃんって呼んであげる」
「つ、ツン――」
「それじゃその分、不肖、この私め桃ちゃん様が好き放題やらせてもらうねー」
「そ、それはダメーー!!」
もう、本当になんなんだよ。せっかくの日曜日の朝から。『私の家に来い』って緑から呼び出しくらった――わけではなく、僕の家まで来て首根っこ掴んで無理やり連れてこられただけだけど。
緑よ。連行って言葉、知ってる?
「あの、僕、もう帰ってもいいかな?」
「「ダメ!!!!」」
僕の願い、速攻で却下。でもさ、声を合わせて大声で言わなくてもいいじゃん。と言っても無駄か。双子の成せる技って感じ。
でも、桃がピッタリくっついてくるし。緑はイライラしてるのか何なのか全然分からないし。これ、本当にいつまで続くの?
「なあ桃。暑苦しいから、そろそろ離れてほしいんだけど。今は夏だよ? 分かってる? しかもここ、冷房のない玄関だし。おかげでじわじわ汗をかいてきちゃったんだけど」
「あ。クロちゃん汗かいてきちゃったんだ。ではでは、お風呂にでも一緒に入りましょうか? 桃が大サービスでお背中を洗ってあげるから。生まれたままの姿で」
そう言ってニヤニヤと笑みを溢しているのはナチュラルボブが似合う双葉桃。
とにかく元気で明るい性格をしているから友達も多い。あとコイツ、モテるみたい。まあ、分かるけど。笑うと無敵なんだよ、コイツ。ただでさえ可愛いのに、笑顔を見せると魅力が一気に増すから破壊力が半端じゃない。
「生まれたままって……一桃、お前さ。羞恥心とかないわけ? 僕達ももう高校生になったんだから少しは恥じらいなよ」
「恥じらい? それならこの前、質屋に入れてきた」
「さらっと言ってるけど、恥じらいって質屋に入れられるものなの!?」
「もちろん! 」
で、ちなみにそれ、いくらになった?」
「うん。十円になったー!」
「お前の羞恥心、安いな……って、ヴヴっ!!」
「ねえ、黒也。私ともちゃんと話そうとしなさいよ。せっかく私が直々に出向いて家に招待してあげたんだから」
「しょ、招待じゃないだろ。まあ、仮にそうだとしよう。でもな、その客人に腹パン食らわせる奴なんていないって。そもそも、なんで僕が腹パン食らわなきゃいけないのさ?」
「うん。桃にムカついたから。腹いせに」
「腹いせに僕を使うなよ……。で、何? お前も一緒にお風呂にでも入りたいとか? それこそ生まれたままの姿グェッ!!」
一緒にして顔を真っ赤にしたコイツは双葉緑。黒髪のロングヘアーがとても似合う、いわゆる美人系。頭もいいし、クラスで学級委員長を務めていて人望もある。
まあ、猫を被ってるだけだけどね。本質はただの暴力女って感じだし。
「あ、アンタとなんか一緒に入りたいわけないじゃない! ま、まあ、黒也がそこまで言うならやぶさかじゃないけど。い、嫌々だからね! 勘違いしないでよね!」
「いや……あのー。恥ずかしがるのはいいんだけど、的確にみぞおちを狙うのやめてくれない? 息ができなくなるんですけど」
「は、はあ!? は、恥ずかしがってるわけじゃないし! 黒也と一緒にお風呂に入るなんて超楽勝だし! それに、桃なんか比べものにならないくらい私の方が胸大きいから! な、なんなら見せてあげてもいいんだけど……」
「なにをー!! 桃が一番気にしてるってお姉ちゃん知ってるでしょ! まあ、別にいいけどねー。私、成長期だし。すぐにボンボンボンみたいになる予定だから」
桃よ。何故に『ボンボンボン』なんだよ。普通なら『ボンキュッボン』だろ。お前はあれか? 青色の猫型ロボットか何かか?
もうお気付きの方もいるかもしれない。どうして二人の苗字が同じなのか。この二人、姉妹なんだ。しかも双子。見た目が全く違うのは二卵性双生児だからに他ならない。
「で、どうクロちゃん? 私と一緒にお風呂入る気になった? それともー。私の裸を見て興奮しちゃうから我慢してるのかなー?」
「いや、それはない。お前の小学生みたいにぺったんこの裸を見ても興奮しないし」
「しょ、小学生……」
あ、つい言っちゃった。あまりにショックだったのか呆然唖然としてるし。
よし、怒られる前に。
「なあ、桃。聞いてくれ。女性はさ、別に胸の大きさどうこうなんて関係ないんだ。それに、桃にはとても大きな魅力があるから。だからそこまで気にすることないんだよ?」
「く、クロちゃん――」
「分かったか、桃。きっと、お前なら銭湯に行っても普通に男性の方に入れるから。だから自信を持っていいんだよ?」
「フォローになってないからそれ!! 大体、男湯に入れる女子高生とかあり得ないじゃん! 自信を持ってって、それじゃただのヘンタイじゃん!!」
あー、怖っ。すっかり目付きが変わっちゃったよ。銭湯モード。もとい戦闘モードに突入しちゃった。
僕は無事に、明日を迎えられるのかな。
「あははっ! ざまあみなさい! この小学生女子が!」
「んだとこのバカ姉! 言っていいことと悪いことがあるっていうの!」
いやいや助かった。矛先が緑の方に向いてくれた。でも、ちょっとデリカシーがなかったな、僕。うん。反省しよう。
と、思ったら。緑は緑で顔を赤ながらモジモジし始めたし。嫌な予感しかしない……。
「じゃ、じゃあ黒也。わ、私と一緒におひ――」
「いや、断る。お前と一緒に入ったら頭を無理やり湯船の中に突っ込まれそうだから」
「私って黒也の中でどんなキャラなの!?」
――それから。
二人はまた言い合いを始めてしまい、僕はそれに巻き込まれつつ全く帰ることができない状況になった。
それにしても妙なんだよな。中学生の時は三人一緒に遊んだりしてて、すごく仲が良かったのに。だけど高校生になってから、ずっとこんな感じになってしまった。
二人の間で、何かあったのかな?
まあ、それはさて置き。
果たして僕、この後ちゃんと家に帰れるのかな……。




