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争う世界

 「世界は未だに回らずか・・・」

 

 高台からどこまでも続く地平線を見て、静かにため息を漏らす一人の男。

 その背中はどこか寂しげで、山々の間から見える美しい朝日はその男にとっては目ざわりのようにも感じた。


 「おーい!アネモイも手伝って!!!」


 遠くから男の名を呼ぶ元気な声。男はその言葉に反応するも、特に返事をすることなく、静かに声のする方へと向かった。


 「またあの高台にいたの?」

 「ああ・・・」

 「毎日毎日、よく飽きないねえ。そんなにあの高台から見える景色が気に入ったの?」

 「別に。ただ、世界を眺める上で、あそこが一番マシなだけだ」

 「世界って・・・まるで神様みたいなこと言うね」


 少女はアネモイの話をなぜか興味深そうに聞いていた。普通の人間ならこんな話、“カッコつけている”や“気取っている”などと笑って馬鹿にしそうなものだが・・・。


 「でも不思議なんだよね。うまく言えないけど・・・アネモイが言うと、そんな言葉も深く聞こえてしまうっていうか・・・」

 「・・・」

  

 アネモイは機嫌が悪かった。その原因は少女ではなかったが、少女による絡みがアネモイの機嫌をさらに悪化させてしまう。

 アネモイは積み重なる苛つきをため込む器用さはなく、それは八つ当たりという形となって少女に向けられる。

 

 「なぜ私にそこまで付きまとう?」

 「なんでって・・・同じ釜の飯を食う仲間だもん。何か理由が必要?」

 「ならば別に私の心に踏み込む必要はなかろう。ただ生活に必要な最低限のコミュニケーションさえ取れれば・・・」

 

 「ほう。君の知識にも、そんな最低限のルールがあったとはな」

 

 突如、遠くから2人の会話を割く声。2人が声のする方に目を向けると、1人の男が仁王立ちでアネモイを睨みつけていた。


 「長・・・」


 アネモイから“長”と呼ばれるその男はアネモイをじっと睨みつけたのち、少女の方に目を向ける。


 「フィルス、その男とは関わるのは止めなさいって言ったはずだ」

 「お父さん・・・」


 少女をフィルスと呼ぶ男と、その男を父と呼ぶ少女。そのお互いの呼び名から分かる通り、2人は親子関係にあった。


 アネモイは自分のせいで親子の仲が悪化することを恐れ、素早く前に歩み出る。


 「すまない、長。私のせいで2人の仲が悪くなるのは本望ではない。私は先に行かせてもらう」

 「アネモイ~」

 「ふん!」

 

 アネモイがフィルスの父である長の傍を横切ろうとした瞬間、長はアネモイに聞こえるか聞こえないかのような小さな声でアネモイの足を止めた。


 「生活に必要最低限のコミュニケーションか。そんな知識があるなら、ぜひともこの地でも活用してほしいものだ」

 「すまない・・・」


 アネモイは再び寂しげそうな背中を携えて、目的の場所へと足を進めた。


 「まったく・・・」

 

 だが、そのアネモイの寂しげそうな背中も、長の心には何一つ響いてはいない様子。


 「お父さん!アネモイだって、たぶん色々あってここにたどり着いたんだから、もう少し優しく・・・」

 「もちろん彼がこの地のルールを守り、きちんとしてくれさえいれば、俺も彼を皆と同等に扱うさ。だがな・・・」

 「だが、なによ?」

 「・・・いやなんでもない。我々も行こう。皆が待っている」

 

 2人もアネモイの背中を追って、あとへと続く。そしてまた、いつもと変わらない日常が今日も繰り返される。


 「もはやこの地にも進展はなし。ここもまた、外側だけ形作るだけの場所だったか。この地のルールとやらも私には合わぬようだし、そろそろ潮時か」


 アネモイは今日のうちで数えただけでも20回目の溜め息を漏らしつつ、悲しげな表情のまま、いたずらに時間だけが過ぎてゆく。

 

 夕刻、アネモイは人目に憚れないところで、自身の身の回りの荷物を1つのカバンの中にまとめていた。そこに聞き慣れた声が近づいてくる。


 「アネモイ何やってるの?荷物なんてまとめちゃって」

 「フィルスか?ちょうどいい。私は今宵、この地を去る」

 「なんで!?」


 フィルスは思わず、今まで聞いたことがない甲高い声を発するが、アネモイは一切動じる様子はない。


 「どうやらこの地において、私の存在は迷惑の類に入るようだ。これ以上、この地に集う者たちに迷惑をかけるわけにはいかない」

 「そんな、迷惑だなんて!」

 「それに私にとっても、出ていくのにちょうどいいタイミングだ。この地において私のやるべきことはなさそうだしな」


 フィルスの頭上にクエスチョンマークが現れる。


 「何、やるべきことって?」

 「それはお前には関係ない。というか理解できないことだ。深入りはするな」

 「・・・よくわからないけど、そのやるべきことはここでは達成できないってこと?」

 「そういうことだ」

 

 そうこうしているうちに、アネモイはすべての荷物をまとめ終えた。

 アネモイの決意が揺らぐことはないということは、フィルスの目からでもはっきりわかる。だがそれでも、フィルスはアネモイをこの地に留まらせようと、アネモイの前に立ちはだかる。

 

 「やっぱり行かないで!」

 「なぜだ?自分で言うのもなんだが、私はお前に引き留めてもらうようなことは何もしていないぞ。むしろ粗末に扱っていたまでもある」

 「それ自覚までしているなら、なおのことたちが悪い!」

 

 思わず突っ込みを入れるフィルスであったが、すぐに我に返り深く深呼吸をする。

 

 「じゃなくて!とにかくアネモイにはここにいてほしいの!」

 「いったい何がお前をそこまでさせる?」

 「わからないよ!でも、ここであなたを見放したら、また後悔してしまう。そう思ったから・・・」

 「何を訳のわからないことを・・・」

 

 アネモイにとってフィルスのこの行動は、苛つきに繋がるものでしかない。そのため、フィルスの必死な懇願もアネモイの心には届かず、フィルスの言葉を無視するかのようにアネモイは荷物の入ったカバンを背負った。

 

 「アネモイ・・・」

 「すまんが私にはもうこの地に未練はない。お前の父親には挨拶ができずに悪いと伝えておいてくれ。まぁ、十中八九“そうか”で済むだろうがな」

 「お願い待っ・・・」

 

 その時だった。突然遠く方から大きな爆発音と、それを追うように地響きがアネモイたちに襲い掛かる。

 

 「な、なに!?」

 「これは・・・」

 

 そして、遠くの方からたくさんの悲鳴と男たちの怒号、それから間もなくして様々な汚い笑い声までが聞こえてきた。

 

 「まさか奴らが!?」

 「どうやらこの地も、どこかの欲深い人間の目に留まってしまったようだな。これで尚更、この地にいる理由がなくなった」

 「何言ってるの!?この叫び声や泣き声を聞いて何とも思わないの!?すぐに助けないと!」

 「これが天災であるなら手を貸すが、人間同士の争いなど、関わるだけ無駄だ」

 「救える命もあるかもしれないじゃん!」

 「命を救ったところで、所詮はただの一時しのぎ。その後の彼らの人生が救えるとは限らん。ならばもう、運命が定めた通りにこの地は滅んでしまったほうがむしろ幸せかもしれん」

 

 フィルスは思わず目を大きく目を見開いた。

 

 「信じられない・・・あなたそれでも人間なの!?」

 「・・・」

 「もういい!勝手にすればいい!アネモイなんてどこへでも行っちゃえ!」

 

 少女は爆発音のあった方角に向かって駆け出して行った。1人取り残されたアネモイ。

 その背中は、今までとはまた別の寂し気な感情が漂っていた。

 

 「人間であるなら、どれほどよかっただろうか・・・」

 

 アネモイはやるせない気持ちを携えたまま、地に転がっていたカバンを拾い上げ、背中に背負った。

 そしてその場から立ち去ろうとしたとき、アネモイの足はなぜかその場から離れようとしない。

 

 「(なぜだ?なぜ動かん?この地に起こるであろうこの後の悲劇。もう見飽きるほど見てきたというのに・・・)」

 

 アネモイはなにかを迷っていた。

 何に迷っているのか、アネモイ自身にもわかっていない。いや正確には、気づいていないふりをしているだけなのかもしれなかった。だが本能は違う。

 その証拠に、アネモイが気を抜くと、体はすぐにフィルスが向かった方角へと向いてゆく。

 

 「(その先に答えがあるのか?天は私に何をさせようとしてる?)」

 

 アネモイの足は一歩。また一歩と目的地に向かって進みだす。

 

 「・・・よかろう。行ってやろうではないか。これが天の采配であるのなら、この先に何があるのか、この目で確かめてやる」

 

 今度はアネモイが自分の意志で足を進み始めた。

 

 アネモイが、爆発のあった場所にたどり着いた。そこには、フィルスら見慣れた面々と10人ほどの白装束に身を包んだ男たちが互いに向かい合い、睨み合っていた。

 

 アネモイはその場にいる者たちに見つからないよう、高台に移動した。

 

 「あの服装・・・かの国の者たちか」

 

 すると白装束の男の1人がその場にいる全員に聞こえるほどの大きな声を上げる。

 

 「聞け!独立国家を名乗る愚か者ども!この地は我が国“ミラグリア王国”、国王の命により我が国の領土となる!素直に明け渡し、我が国の領民になるなら良し!抵抗するなら、それなりの代償が伴うと覚悟しておけ!」

 

 フィルスたちの表情が動揺や絶望の感情に染まり始める。だがこの光景、アネモイにとって・・・いや、この世界にとってはある意味当たり前のものだった。


 「この光景もまた、見慣れたものになってきたな。また人々の血が流れるのか」

 

 ここは争いの絶えない世界。

 数多くの王や組織によって、様々な国が造られているが、それらはすべて争いによって勝ち取った者たちによって造られたものばかり。そのため、国同士の関わりなんて、ある方が珍しい。どちらかといえば、どちらの国が相手国を乗っ取るか、常にお互いに睨み合っているのが当たり前の世界。

 

 そんな人の上に立つことだけが目的の、欲深い者たちによって造られた国々は、国民を蔑むことが多く、己の欲望に忠実で、必要以上の税を蝕むのがほとんど。どの立場に居ても平和へと導くには難しい世界だった。

 

 一方、そんな欲深い国王の国の方針に耐えきれない者たちが集まってできたのが、フィルスの父親が長を務める独立国家と呼ばれるものだ。

 独立国家もここだけでなく、世界各地に点在しており、規模は小さいながらそれぞれがそれぞれの理想となる国を目指して、似たような理想を掲げた者たちが集まるのを待っている。

 

 だが所詮、そこに集まるものは力の無き者ばかり。今回のように力ある国が、その急所を狙ってその地を領土とするか、可能ならばその地にいる者たちを領民としようとする。これもこの世界においては当たり前の日常。

 

 そして今宵もまた、新たな独立国家がある強大な兵器を携える国によって蹂躙されそうになっている。それが今アネモイのいる、フィルスの父親が長を務める独立国家だ。

 

 フィルスの父は手に汗を握りながら、白装束の男たちに言葉を投げつける。

 

 「帰れ!国に遣われる犬ども!我々はこれ以上、国に飼われるつもりはない!」

 

 「やはり抵抗するか・・・」

 

 アネモイは思わずため息を漏らす。

 

 「ここで抵抗したところで、いったいお前たちに何ができるというのだ?」

 

 そのアネモイの嫌な予感は的中し、白装束の男たちは長の宣言を大声で笑っていた。

 

 「ふん、これがただの脅しと思っているのか?」

 「なんだと!?」

 「残念ながらお前たちのような弱者と話し合う気など毛頭ない。一度交渉を拒否した時点でお前たちの命運は尽きた。やれ!!!」

 「ま、待て!」

 

 すると、10人の白装束の男だちが一斉に両手を前に突き出す。そして次の瞬間、その手から火球が放たれ独立国家の集落を襲い始めた。

 

 「ぎゃあああ!!!」

 「まずい!逃げろーーー!!!」

 

 躊躇ない敵の攻撃に、自らの国が滅ぼされそうになっている現実に、長は段々と顔が青ざめてゆく。

 

 「“神術”だと!?お前たち全員が“天才”だというのか!?」

 「言ったはずだ。お前たちの命運はここで尽きたと。我々が何の策もなくここに来たと思っているのか?我らが偉大なる国王の命により、いかなる時でも手を抜くなと命を受けている。お前のたった一度の選択肢の誤りが、すべての命を無に帰すのだ!」

 「ぐっ・・・」

 

 この世界には魔法が存在する。体内にある魔力を外に放出する際、自然界に存在する様々な性質に変化させることができる。

 

 だが魔法はすべての人類が使えるというわけではない。生まれながらに体内に魔力が備わっている者だけが使うことが許される。そしてその使える者の割合は、この世界に存在する全人類のうち2割にも満たない。

 

 まさしく“天”から“才能”を与えられた者しか使うことを許されない術。それが由来となって、体内に魔力が備わっている者のことを“天才”と。魔法のことを“神術”とこの世界では呼称するようになった。

  

 「ぎゃあああ!!!」

 「助けて!!!」

 

 集落中に響き渡る老若男女の泣きや叫びの声。容赦なく天から降り注ぐ火球に独立国家の人々は成すすべなく、ただ無慈悲に、等しく、その命が奪われていく。

 

 「やめろ!やめてくれ!!!」

 

 今更ながら、白装束の男に対し必死に助けを求める長。だが当然、長の言葉など白装束の男の耳に届きはしない。

 

 「情けない奴だ。我々に啖呵を斬り、戦いに身を投じようとした矢先、敗北が近づくとみるや敵に命乞いとは。反吐が出るわ。我らに歯向かったその責任、命を持って抗ってもらうぞ。もちろん例外なくな」

 

 そして白装束の男は長に向かって手を向ける。そして長に向かって火球を放った。だがその瞬間。

 

 「やめてーーー!!!」

 

 長に火球が当たる直前、フィルスが間一髪で長を突き飛ばした。何とか火球は長にもフィルスにも当たらず、奥にある集落の内の一軒にぶつかる。

 

 フィルスは汗だくになりながら、今まで誰にも向けたことがない鋭い目つきで白装束の男を睨みつける。

 

 「ほう。この場にまだ、その目ができる者がいたとはな」

 

 その睨みに対し、白装束の男は余裕の笑みを浮かべていた。


本日より投稿いたします。読んでいただき、感想ももらえると幸いです

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