真実の愛の味は
とても残酷な描写を多分に含みます。
ご注意ください。
──ああ。
こんなことがあってよいのでしょうか。
「殿下……今、何と、おっしゃったのですか」
わたくしは、ともすると震えそうになる声を必死で抑えながら、対峙する相手に問いかけた。
「……君との婚約を、解消させてほしい」
ああ、ああ。ついに。ついに殿下からその言葉が。
呆然として言葉を失うわたくしを見て、殿下は苦しげに息を吐いた。
「君には、済まないと思っている……だが、レイニア。私は真実の愛に出会ってしまったんだ」
声にも表情にも苦渋を滲ませるカイアン殿下に、寄り添うように立つ少女──確か、ゼンジー男爵家のルナ様、だったかしら?その可愛らしい榛色の瞳いっぱいに涙を浮かべている。
「レイニア様……ごめんなさいっ。わたしが、わたしがカイに出会わなければ……」
そう言って声を詰まらせるルナ様の肩に、殿下がそっと手を添えた。その姿は、まるで昔読んだ王子と姫の物語の挿絵のよう。
「いいや、ルナ。私達は何があってもきっと出会い、愛し合う運命だったんだ」
「カイ……」
瞳を潤ませて、熱く見つめ合う二人。わたくしは完全に蚊帳の外……ですけれど、そんなことはどうでもいいの。
「カイアン殿下、ルナ・ゼンジー様……お二人は、真実の愛を見つけ、貫き通したいと。そう、おっしゃるのね」
硬い声で問いかけるわたくしの顔から目を逸らした二人は、どちらからともなくそっと手を取り合う。そして殿下がルナ様を守るように一歩踏み出し、はっきりと頷いた。
……わたくしは、ついに体の震えを抑えきれなくなってしまいました。
ああ、と天を仰いで熱い吐息を漏らす。
「……真実の愛」
「そう、真実の愛」
「真実の、愛!なのですね!!素晴らしいですわ!」
徐々に声を張り上げ、はしたなくも興奮しきったわたくしを前に、殿下とルナ様がぎょっとした表情を浮かべる。
「レイ、レイニア……?どうし」
それでは、いただきます。
あーん、と大きく口を開けると、わたくしの小さめの口は耳元まで裂ける。ひとくちで、カイアン殿下の鼻から上が綺麗に消え去った。ゴリゴリくちゃくちゃと咀嚼音をたてて、ごくんと飲み込む。
……お食事の時の姿は、どうしても品がなくなってしまうのよねえ。淑女として少し恥ずかしい。丈夫なギザギザの歯がたくさん生えているから、かたい骨を噛み砕くのには便利なのだけれど。
「うーん……?いまいちですわね」
悪くはないけれど、なんというか……普通?
とりあえず殿下は一旦置いておきましょう、と食べかけの体をちょっとよけておく。
何が起こったかわからずに呆然としていたルナ様は、力なく崩れ落ちた殿下の姿に引き絞るような悲鳴をあげた。まぁ、可愛らしい眼球が飛び出しそう。勿体無いから落とさないでちょうだいね。
「もしかして、頭じゃなくて心臓から食べた方がいいのかしら」
いつも、何も考えずに頭から食べていたけれど。そうね。愛ですものね、愛といえば心!心臓からですわ!と思わぬひらめきに手を打つと、かひゅかひゅと過呼吸を起こしてへたり込むルナ様の足首を掴んで逆さに釣り上げた。
「ひぃっ……ひい……ううぁああ……あ……たす……たすけっ……ぎゃっ痛……痛いいいぎぃあああああ!」
……ちょっとかじっただけなのに。ルナ様がバタバタと暴れて危ないので、右手で足を、左手で頭をぎゅっと強く掴む。強く掴みすぎてミシミシと音がしてしまったけれど、おかげでおとなしくなったわ。
よいしょっとルナ様を水平に持ち上げると、前歯でささやかな胸部(他意はなくってよ)にバクッとかぶりついた。
川のほとりで、釣ったばかりのお魚を串に刺して焼いてこんなふうに豪快にかぶりついてる旅人を見て、わたくしも一度やってみたかったの。
まぁルナ様はお魚ではないし、焼いてもいないのだけれど。雰囲気です。
大きく肺までえぐれたルナ様は、ごぶごぶと血を吐きながら体を痙攣させる。
「ん!殿下よりおいしい。やっぱり心臓から食べるのが正解だったみたいね。頭蓋骨が邪魔なのかしら?」
わたくし骨ごと食べるの苦手なのよねぇ。誰か骨を取ってくれたらいいのに。
そんなことをつらつらと考えながら最後の一口を飲み込んで、ふう、と手巾で口元を拭う。好き嫌いせず、微妙な殿下も味のしない服も残さず食べたわたくしは偉い子。
あーでもドレスが血塗れになってしまいましたわ……これ、お気に入りだったのに。今日真実の愛を告げられると知っていたら、違うドレスを着てきたのに…
「はぁ──全部食べてから言うのも申し訳ないけれど、そこまで美味しくなかったわ」
決してまずくはなかった。でもびっくりするほど美味というわけでもなく。空腹だったから夢中で食べてしまったけれど。
二十年ほど前に食べた「真実の愛」と同じくらいの美味しさかしら……あの二人は途中まで、なかなか素晴らしい愛を見せてくれた。
でもわたくしに食べられそうになって、最後はお互いを盾にしようとしていたのよね。美男美女が台無しのひどい形相だったわ。
あのまがいものと同じくらい、ということは──
「やっぱり今回も真実の愛ではなかったのね……」
がっかりしてつい、深い溜め息をついてしまう。
昔──五百年くらい前だったかしら。
真実の愛を誓う恋人達を食べたというお友達から、それがいかに美味であったかを熱弁されたのだ。
その骨はどんな甘露よりも甘く、その肉はどんな果実よりも瑞々しく、その血はどんな美酒よりも香り高く……これまで一度として食したことのない、まるで夢のような味であったと。
それを聞いて以来ずっと、わたくしは「真実の愛」に恋焦がれておりますの。
第六王子とはいえ王族を食べてしまったし、この国もそろそろ離れないと駄目ね。次はどこに行こうかしら。また丁度いい令嬢を見繕わなければいけない手間を思うと、少し億劫な気持ちになる。
ああ、いつか本物を食べてみたいわ。
真実の愛ってどんなお味なのかしら。
真実の愛(の味)を知りたい令嬢の話。
初めまして。
設定も文章も拙いですが、読んでいただきありがとうございます。
西洋風なのに「いただきます」とかも、なんとなく…のニュアンスでふんわりお読みいただけたらと思います。




