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番外編:偉人たちの休憩室~転売屋を添えて~

【シチュエーション】

本編の収録の途中、少し未来のテレビ局の休憩室。荘厳なスタジオとは打って変わり、柔らかな間接照明に照らされた、モダンで落ち着いた空間だ。革張りのソファが置かれ、テーブルの上には、湯気の立つお茶や、見たこともないが美味そうな焼き菓子が並んでいる。壁には、触れると様々な情報が浮かび上がる、ガラス板のような不思議な「テレビ」が埋め込まれている。司会者あすかの姿はない。いるのは、激論を終え、ようやく一息ついている4人の偉人たちだけである。


【休憩室での雑談】


(フランクリン・ルーズベルトは、車椅子を窓際に寄せ、眼下に広がる未来の街並みを興味深そうに眺めている。アダム・スミスは、ソファに深く腰掛け、目を閉じて瞑想にふけっているようだ。松方正義は、テーブルの焼き菓子には一切手を付けず、背筋を伸ばして腕を組んだまま、今日の議論を反芻しているのか、厳しい表情を崩していない。そんな中、高橋是清だけが、実に楽しそうにしていた)


高橋是清:「(テーブルに置かれた、新聞紙のような薄いディスプレイを指でなぞりながら)はっはっは!いやはや、面白い!この未来の世界は、実に面白い商売があるもんじゃのう!」


(高橋の快活な声に、瞑想していたスミスが薄目を開ける)


アダム・スミス:「ほう。高橋殿、何か興味を引かれる記事でも?」


高橋是清:「ああ、これだよ、先生。『大人気のゲイム機、発売日に買い占められ、価格が高騰!テンバイヤーの暗躍に、消費者の怒り爆発!』…とな。ゲイム機、というのが何やら分からんが、この『テンバイヤー』とかいう連中は、なかなかどうして、商才があるわい」


松方正義:「(眉間に深いシワを寄せ)テンバイヤー…?転じて売る輩(やから)、か。ふん、その名の通り、唾棄すべき連中じゃな。人の弱みにつけこんで利を貪(むさぼ)るなど、武士の風上にも置けぬ」


(その時、窓際で街を眺めていたルーズベルトが、壁の「テレビ」に映し出されたニュースに気づき、声を上げた)


フランクリン・ルーズベルト:「なんだ、これは!?ひどいじゃないか!」


(テレビには、アイドルの演奏会のチケットを手にした若者が、泣きそうな顔でインタビューに答えている映像が流れている。『どうしても行きたかったのに、チケットはあっという間に売り切れて、ネットでは10倍の値段で売られています…』という悲痛な声が、休憩室に響く)


フランクリン・ルーズベルト:「(憤然として)けしからん!実にけしからん!子供たちや若者の、純粋な楽しみまで食い物にするとは!こんなことが許されていいはずがない!政府は何をしているんだ!」


高橋是清:「まあまあ、大統領、そんなに熱くならんでも。これも、経済の一つの形じゃよ。品薄の物が高くなるのは、世の常というもんじゃ」


フランクリン・ルーズベルト:「常だと!?高橋サン、君はこれを肯定するのかね!?」


高橋是清:「肯定はせんよ。ただ、面白いと思うだけじゃ。需要と供給、その歪(ひず)みを読んで、機敏に動いて利を稼ぐ…。わしが若い頃にやった、為替の相場と何ら変わらん。基本は同じじゃて」


松方正義:「相場師のお主らしい言い草じゃな。じゃが、国の経済と、その場しのぎの博打を一緒にするでないわ。そもそも、このような輩が生まれること自体が、民の道徳心が地に落ちた証拠。嘆かわしい限りじゃ」


(三者三様の反応を示す中、これまで黙って話を聞いていたアダム・スミスが、ゆっくりと口を開いた。その目は、まるで新しい研究対象を見つけたかのように、爛々と輝いていた)


アダム・スミス:「皆様、少しお待ちください。これは、実に興味深い事例です。感情的に断罪する前に、まずはこの『転売屋』という現象を、冷静に分析してみる必要がありそうですな」


フランクリン・ルーズベルト:「分析だと!?先生、子供が泣いているんですよ!今すぐ、政府が介入して、こんな不公正な連中を取り締まるべきだ!」


アダム・スミス:「(FDRの言葉を、穏やかに手で制して)大統領、あなたのお気持ちはよく分かります。ですが、その『不公正』とは、一体、何を基準に不公正なのでしょうか。考えてもみてください。ここに、一つしかパンがないとします。そして、それを欲しがる人が10人いる。パン屋は、100円で売ろうとしていた。そこへ、ある一人の男が現れ、『私が1000円で買おう』と言って、そのパンを買い、本当にそのパンを欲している人に『2000円でどうだ』と売ったとします」


高橋是清:「うぅむ。実に分かりやすい喩えじゃな」


アダム・スミス:「この時、転売屋は、確かに1000円の利益を得ました。しかし、彼は同時に、『そのパンには、少なくとも2000円の価値がある』という、市場に隠れていた真の価格情報を、白日の下に晒したことにもなるのです。価格というものは、需要と供給のバランスによって決まる。これは、経済における、万有引力の法則と同じくらい、基本的な原理です。転売屋とは、その原理が機能していることの、ある意味で最も純粋な証明でもあるのです」


フランクリン・ルーズベルト:「詭弁だ!それは、ただの理屈だ!そのせいで、本当にパンが食べたいのに、100円しか持っていない貧しい人々は、パンを手に入れる機会を永久に失ってしまうじゃないか!市場の原理とやらは、そんな非情なものなのかね!」


アダム・スミス:「…ええ。非情な側面は、あります。だからこそ、社会には、貧しい人々を救うための、博愛や慈善の精神が必要となるのです。しかし、それは、価格メカニズムそのものを否定する理由にはなりません。もし、政府が介入し、『このパンは、いかなる場合も100円で売らねばならぬ』という法律を作ったとしたら、どうなるでしょう?」


松方正義:「ほう。どうなる?」


アダム・スミス:「おそらく、パン屋は、パンを作る意欲を失うでしょう。なぜなら、本当はもっと高く売れるものを、不当に安く売ることを強制されるからです。結果として、市場からパンは消え、誰もパンを食べられなくなる。あるいは、人々は、政府の目をごまかして、闇市場でパンを高く売りさばこうとするでしょう。政府の安易な価格統制は、しばしば、より大きな混乱と、さらなる道徳の退廃を招くのです」


高橋是清:「その通りじゃな。まったく、先生の仰る通りじゃ。わしらの時代にも、米の買い占めはしょっちゅうじゃった。政府が米価を抑えようとすればするほど、悪賢い米問屋は、蔵に米を隠して、値段が上がるのを待つ。規制すれば、必ず抜け道を探す者が出てくる。いたちごっこじゃよ」


フランクリン・ルーズベルト:「では、どうしろと言うんだ!泣き寝入りしろと!?悪行を見過ごせと言うのか!」


松方正義:「(FDRの言葉を遮り)落ち着け、大統領。スミス殿の言うことにも、一理ある。じゃが、わしの考えは、ちと違う」


あすか:「(この場にはいないが、もし居たらこう聞くだろう)ほう?松方さんは、どうお考えですか?」


松方正義:「問題の根源は、需要の多さではない。供給の少なさにある。なぜ、その『ゲイム機』とやらは、品薄なのだ?なぜ、その『アイドルの演奏会』の席は、限られておるのだ?そこにこそ、政府が介入すべき点がある」


高橋是清:「ほう、供給を増やす、と?」


松方正義:「そうだ。例えば、生産者に対して補助金を出し、生産能力の増強を促す。あるいは、演奏会の会場を、もっと大きな場所で開けるように、国が支援する。そうやって、需要に見合うだけの供給を確保することこそが、王道じゃ。転売屋などという、市場の表面に浮いた、あぶくのような存在を、一つ一つ潰して回るなど、愚の骨頂。供給が安定すれば、あのような輩は、自然と成り立たなくなり、消え去るわ」


フランクリン・ルーズベルト:「なるほど…。それは、我々のニューディール政策にも通じる考え方だ。供給サイドへのアプローチか…。一考の価値はあるな」


アダム・スミス:「しかし、松方殿。それもまた、政府による市場への介入です。政府が、どの産業を保護し、どの産業を保護しないかを、恣意的に決めることになりはしないか。それは、自由で公正な競争を阻害する、新たな不公平を生むことにはなりませんかな?」


松方正義:「構わん。国家の産業基盤を強化し、民の生活を安定させるためであれば、多少の不公平は甘受すべきじゃ。それに、不当な利益を得た転売屋からは、懲罰的な税をふんだくれば良い。儲けの9割を税として召し上げると決めれば、誰もそんな馬鹿な商売はやらんようになるわ」


高橋是清:「(手を叩いて大笑いする)はっはっは!そりゃあ、実に痛快じゃな、松方殿!あんたらしい、実に手厳しいやり方だ!わしは、そういうの、嫌いじゃないぞ!」


(高橋は、ひとしきり笑った後、お茶を一口すする)


高橋是清:「じゃがのう、あんたたちのやり方は、どうも大仰すぎる。規制だの、産業保護だの、重税だの…。もっと、やりようはあると思うがのう」


フランクリン・ルーズベルト:「ほう?高橋サン、君ならどうする?」


高橋是清:「わしなら、売り方を工夫させるかな。例えば、そのゲイム機とやら、本当に欲しい人にだけ売るように、抽選販売にしてみるとか。あるいは、人気があるなら、最初から受注生産にして、欲しい人全員に行き渡るようにするとかね。演奏会の切符だって、買う時に名前を登録させて、本人以外は入れんようにすれば、転売のしようがなかろう」


アダム・スミス:「ふむ…。それは、政府による規制ではなく、販売者側の創意工夫による解決策ですな。市場の原理を捻じ曲げることなく、問題を解決しようというアプローチ。興味深い」


高橋是清:「そうじゃよ。要は、ちょっとした知恵じゃ。転売屋が儲けるのは、売り方が下手だからじゃ。売り方が上手になれば、彼らは商売上がったりじゃよ。何も、政府がしゃかりきになって、法律でがんじがらめにする必要はない。民間の知恵で解決できることは、民間に任せておくのが一番じゃ」


フランクリン・ルーズベルト:「しかし、高橋サン。それでは、悪質な業者を野放しにすることにならないか?やはり、法による断固たる規制も、同時に必要だと私は思うがね」


松方正義:「そして、その法の執行を厳格にし、見せしめとして重罰を科すこともな」


アダム・スミス:「いやいや、法による規制は、あくまで最後の手段であるべきです。まずは、消費者自身が、賢明になることが重要。転売屋から、決して商品を買わない、という強い意志を示すことです。需要がなくなれば、供給も自ずと消えるのですから」


高橋是清:「結局、みんな言うことがバラバラじゃのう。わっはっは!まあ、それだけ、この『テンバイヤー』というのが、資本主義の本質を突いた、面白い問題だということかの」


(4人の議論は、尽きることがない。自由な市場か、政府の規制か。供給サイドか、販売方法か。消費者自身の意識か。一つの「転売屋」というテーマから、彼らの経済哲学、そして国家観が、再び鮮やかに浮かび上がる)


フランクリン・ルーズベルト:「…しかし、こうして話していると、喉が渇いたな。高橋サン、君の言う通り、少し難しい話をしすぎたようだ」


高橋是清:「そうじゃろう?まあ、一杯やらんか。ここには、酒はないようじゃが、この茶も、なかなか乙なもんじゃ」


(高橋が、松方の前に、湯呑みを置く)


高橋是清:「さ、松方殿も、そんなに難しい顔ばかりしておらんで。この菓子、なかなかいけるぞ」


松方正義:「…いらん。わしは、甘いものは好かん」


(そう言いながらも、松方の表情は、休憩室に来た時より、心なしか和らいでいるようだった。スミスは穏やかに微笑み、FDRは楽しそうに笑っている。彼らの間には、本編の対決ムードとは違う、奇妙で、しかし心地よい友情のようなものが、芽生え始めているのかもしれない)


高橋是清:「そうかそうか。まあ、無理には言わんがの。…いやはや、それにしても、面白い。実に、面白い世の中になったもんじゃわい」


(高橋は、窓の外の未来の景色を見ながら、心から楽しそうに、もう一度、そう呟いた。彼らの、つかの間の休憩は、まだもう少しだけ、続きそうだった)

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