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ラウンド1:激突!『救済』か『規律』か

あすか:「(オープニングの興奮が冷めやらぬスタジオで、あすかは落ち着いた声で対談者たちに向き直る)皆様、それぞれの『カネ』に対する哲学、大変興味深く拝聴いたしました。ですが、その哲学をぶつけていただく前に、まずは皆様がこれから向き合う『現代』という名の戦場が、いかなる状況にあるのか、ご覧いただきたいと思います」


(あすかがクロノスを操作すると、スタジオの照明が落ち、正面の巨大モニターに、穏やかな表情の初老の男性が映し出される。テロップには『経済史学者安倍教授』と表示されている)


安倍教授(VTR):「(柔らかな口調で)歴史上の偉人の皆様、はじめまして。現代で経済の歴史を研究しております、安倍と申します。皆様が築かれた礎の上に、私たちの社会は成り立っております。そのことに、まず心からの敬意を表します」


(安倍教授は一礼し、本題に入る)


安倍教授(VTR):「さて、皆様に現代の状況をご理解いただくため、まずは2020年から世界を襲った『新型コロナウイルス』という疫病についてお話しなければなりません。この疫病は、人々の命を脅かしただけでなく、経済活動を世界的に、そして強制的に停止させました。街から人が消え、店は閉まり、多くの人々が職を失う…。それは、皆様がご経験された大恐慌や戦時中に匹敵する、まさに『平時ではない』事態でした」


(モニターに、閑散とした世界の主要都市や、医療現場の映像が映し出される。高橋は眉を寄せ、FDRは唇を固く結び、松方は厳しい表情で画面を凝視し、スミスは静かに観察している)


安倍教授(VTR):「この未曽有の危機に対し、世界中の国々は、かつてない規模の対策を講じました。皆様の言葉で言う『積極財政』と『金融緩和』です。国民一人ひとりに現金を給付し、企業の倒産を防ぐために巨額の資金を投入しました。その規模は、まさに天文学的。いわば、国家が国民の生活を丸ごと面倒見るような状況が生まれたのです」


(FDRが「うむ」と深く頷く)


安倍教授(VTR):「その甲斐あってか、経済の完全な崩壊は免れました。しかし、この大規模な経済対策は、新たな問題を生み出します。一つは、世界的な『物価の高騰』、すなわちインフレです。さらに、地政学的な緊張…例えば、ロシアによるウクライナ侵攻なども重なり、エネルギーや食料の価格は上昇し続けています。日本においては、それに『円安』が加わり、多くの国民が生活必需品の値上がりに苦しんでいる。これが、今の私たちの姿です」


(モニターに、スーパーで値札を見てため息をつく主婦や、ガソリンスタンドの価格表示などの映像が流れる。高橋の表情がわずかに曇る)


安倍教授(VTR):「そして、もう一つ。こうした状況の中で、新しい貨幣理論も台頭しています。『MMT(現代貨幣理論)』と呼ばれるこの考え方は、ごく簡単に言えば、『自国で通貨を発行できる国は、財政赤字を気にする必要はない。インフレにならない限り、政府はいくらでも国債を発行してお金を使うべきだ』と主張します。この理論は、現代の財政論争を、さらに複雑で、そして白熱したものにしています」


(松方の眉がピクリと動き、口元に冷笑が浮かぶ)


安倍教授(VTR):「(再び深く一礼し)歴史を築いてこられた偉大な皆様。疫病、戦争、物価高、そして新しい経済理論…。このような複雑な現実に、皆様なら、どのような処方箋を描かれますか。皆様の知恵が、私たちの未来を照らす光となることを、心より願っております」


(VTRが終了し、スタジオに照明が戻る。しばしの沈黙。その沈黙を破ったのは、あすかだった)


【議論開始:財政出動派のターン】


あすか:「…以上が、私たちが今、立っている場所です。さあ、皆様。この挑戦状、どう受け止められましたか?まず、ルーズベルト大統領、いかがでしょう」


フランクリン・ルーズベルト:「(待っていましたとばかりに、力強く語り始める)素晴らしい!実にチャレンジングな状況じゃないか!安倍教授は『複雑だ』とおっしゃったが、私に言わせれば、やるべきことは極めてシンプルだ!」


(FDRは、向かいの松方とスミスを挑発するように見据える)


フランクリン・ルーズベルト:「国民が苦しんでいる。経済が停滞している。ならば、政府が動くしかない!コロナ危機での大規模な財政出動は、100%正しい判断だ。いや、むしろ、もっと大胆にやるべきだったかもしれない。躊躇や恐怖こそが、経済を殺す最大の毒なのだからね!」


高橋是清:「(FDRに同意するように、深く頷く)大統領の言う通りじゃ。わしが昭和恐慌に立ち向かった時も、蔵相(今の財務大臣)の役人たちは皆、口を揃えて『財政規律が…』『国債発行は…』と青い顔をして反対したもんじゃ。じゃが、わしは言ったんじゃよ。『目の前で人が溺れておるのに、助けに行くための船の借用書に判子がないから見殺しにする、などという馬鹿がどこにおるか』とな」


あすか:「溺れている人を、まず助けるのが先だと」


高橋是清:「その通りじゃ。デフレというのは、国民全体の気力が失われていく、静かだが恐ろしい病じゃ。金を使わず、物も買わん。企業も投資をせず、人の給金も上がらん。その悪循環を断ち切るには、政府が自ら『最初の買い手』になってやるしかない。わしは『時局匡救事業』と名付けて、全国で道路や港を作らせた。それはな、単に仕事を作るだけじゃない。『国は、我々を見捨てていない』という安心感を、民に与えることが一番の目的なんじゃよ」


フランクリン・ルーズベルト:「その通り!全くもって、その通りだ!我々のニューディール政策も、テネシー渓谷開発公社(TVA)のような巨大な公共事業だけが注目されがちだが、最も重要だったのは、CCC…市民保全部隊だ。失業した若者たちを集め、国有林で植林や公園整備の仕事についてもらった。彼らは給料をもらい、故郷に仕送りし、そして何より、自分たちが社会の役に立っているという『誇り』を取り戻したんだ!」


(FDRは、自らの経験を語るうちに、熱を帯びてくる)


フランクリン・ルーズベルト:「誇りこそが、人を人として立たせる!政府のカネとは、その誇りを買い戻すための投資なのだ!安倍教授は物価高を懸念されていたが、それは次の段階の話だ。まずは、デフレという名の『国民の意気消沈』から脱却することが最優先だ。そのためなら、私は躊躇なく、何度でもアクセルを踏み込む!」


あすか:「高橋さんも、そのご意見に?」


高橋是清:「(穏やかだが、確信を込めて)ああ。物価高、つまりインフレは、確かにコントロールが難しい。わしも晩年は、軍部の途方もない予算要求に頭を悩ませ、それを抑制しようとしたからのう…。じゃが、それはあくまで『景気が回復した後の話』じゃ。冷え切った風呂を沸かすのに、火傷の心配ばかりしておっては、いつまでたっても湯には入れん。今の日本は、まだ湯がぬるい。もっと薪をくべるべきじゃろうな」


あすか:「では、VTRにあったMMT…財政赤字はインフレにならない限り問題ない、という新しい理論については、お二人はどう捉えられますか?」


フランクリン・ルーズベルト:「(ニヤリと笑い)面白い理論じゃないか!私が現役の頃にあれば、もっと大胆な政策ができたかもしれないな!もちろん、理論の細部を検証する必要はあるだろう。だが、その根底にある『通貨発行権を持つ国家は、もっと自由に行動できるはずだ』というスピリットには、大いに共感するね!」


高橋是清:「うぅむ…わしは、そこまで手放しでは喜べんのう。理論は理論じゃ。あんまりそれを鵜呑みにして、財政のタガを外してしまっては、後でとんでもないことになる。わしはあくまで現実主義者じゃて。経済の状況を見ながら、そろりそろりと手綱を引いたり緩めたり…。その加減が、政治家の一番の腕の見せ所じゃからの」


(財政出動という総論では一致しながらも、その思想的背景や手法において、改革者のFDRと、現実主義者の高橋との間に、わずかな違いが見える。あすかは、それを見逃さない)


あすか:「なるほど…。『希望の政策』にも、様々な流儀があるようですね。…しかし、お二人が語るその希望の裏で、見過ごされたものがあったのではないか、と…。静かに怒りの炎を燃やしている方も、いらっしゃるようです」


(あすかは、ゆっくりと下手側に視線を移す。そこには、腕を組み、目を閉じ、まるで嵐の前の静けさのように沈黙を守っていた松方正義がいた。彼は、あすかの言葉を合図にしたかのように、ゆっくりと目を開く。その瞳は、冷たく、そして鋭い光を放っていた。あすかが、その沈黙の主にマイクを向ける)


あすか:「…松方さん。高橋さんとルーズベルト大統領は、国民を救うため、誇りを取り戻させるために、国のカネを使うべきだとおっしゃいました。あなたはその主張を、どうお聞きになりましたか?」


松方正義:「(まるで氷を砕くような、低く、重い声で)…希望、じゃと?誇り、じゃと?結構なご身分じゃな。その耳障りの良い言葉の裏で、どれだけの民が血の涙を流してきたか、お二人には分かっておるのか」


フランクリン・ルーズベルト:「(即座に反論しようとして)それは違う、松方サン!我々は…」


松方正義:「(FDRの言葉を、鋭い視線だけで制して)黙れ。まずは聞け。わしが明治政府の大蔵卿として立った時、この国は西南戦争の戦費を賄うため、不換紙幣…つまり、何の裏付けもない紙切れを乱発し、猛烈なインフレに喘いでおった。武士は禄を失い、農民は物価高に苦しむ。まさに、お主らが今作ろうとしておる世界そのものじゃ」


(スタジオの空気が一変する。松方の言葉には、実体験者だけが持つ凄みがあった)


松方正義:「わしが何をしたか。増税し、官営工場を民間に払い下げ、政府のあらゆる支出を切り詰めた。そして、市場に溢れた紙切れを、血反吐を吐く思いで回収し、償却していった。その結果、何が起きたか。インフレは収まった。じゃが、今度は米の価格が暴落し、多くの農民が土地を手放し、小作人へと転落した。世間はそれを『松方デフレ』と呼び、わしを『民の敵』と罵ったわ」


あすか:「…ご自身の政策が、国民を苦しめたと、認めていらっしゃるのですね?」


松方正義:「(微塵も揺るがずに)無論じゃ。じゃが、その痛みなくして、何が生まれたか!わしはその先に、兌換紙幣を発行できる中央銀行…日本銀行を創設し、盤石な金本位制を確立した!これにより、日本の『円』は初めて世界の通貨と肩を並べる信認を得て、その後の産業革命、そして日清・日露の戦役を勝ち抜くための礎となったのじゃ!」


(松方は、席から身を乗り出すようにして、高橋とFDRを睨みつける)


松方正義:「お主らの言う『救済』とは、その場しのぎで民にアメを与えることじゃろう!わしの言う『救済』とは、たとえ民に石を投げられようと、国家百年の礎となる『筋』を通すことじゃ!その痛みに耐えられぬ者に、国を語る資格はない!」


(魂の叫び。そのあまりの気迫に、FDRも高橋も言葉を失う。その重い沈黙を破ったのは、隣に座るアダム・スミスの、静かで知的な声だった)


アダム・スミス:「(穏やかに、しかし核心を突いて)松方殿の覚悟、お察しいたします。…そして、高橋殿、ルーズベルト大統領。あなた方の善意も、私は疑っておりません。国民を救いたい、そのお気持ちは、おそらく本物でしょう。…しかし」


(スミスは、そこで一度言葉を切り、全員の顔を見渡す)


アダム・スミス:「経済の世界では、善意から発した行為が、しばしば、最もたちの悪い『意図せざる結果』を生むことがあるのです」


高橋是清:「ほう、意図せざる結果、とは?」


アダム・スミス:「はい。例えば、政府が大規模な公共事業を永続的に行い、仕事を与え続けるとしましょう。人々は、短期的には救われるでしょう。しかし、長期的にはどうですかな?人々は、政府が仕事を与えてくれることを『当たり前』だと思うようになりはしないでしょうか。自らの知恵と工夫で、新しい事業を興し、富を生み出そうという『企業家精神』は、むしろ失われていくのではないか。…これこそが、政府の介入がもたらす『見えざるコスト』なのです」


フランクリン・ルーズベルト:「それは違う、スミス先生!我々のニューディールは、国民から活力を奪などしなかった!むしろ、絶望していた国民に、再び立ち上がる勇気と希望を与えたのです!彼らは自らの手でダムを造り、未来を切り拓いた。それは与えられた仕事ではなく、国民自身のプロジェクトだった!」


アダム・スミス:「(冷静に)果たして、そうでしょうか、大統領。あなた様のような、類稀なるカリスマがおられる間は、それでも良かったのかもしれない。しかし、一度政府が『最後の雇い主』になってしまえば、その『甘美な記憶』は、国民の心に深く刻まれます。そして、次の危機が訪れた時、人々は自ら立ち向かうのではなく、再び、政府という名の『巨大な父親』が助けに来てくれるのを、ただ待つようになってしまう危険性を、私は指摘しているのです」


【四者の激突】


高橋是清:「(寂しそうに目を伏せ)…スミス先生の仰ることも、分からんでもない。民というものは、時に甘え、時に怠けるものじゃからのう。じゃが、先生。あなたの書斎から、飢えた子供の泣き声は聞こえますかな?理屈の上では、市場が回復するのを待つのが正しいのかもしれん。じゃが、その間に、失われていく命がある。わしは、それを見過ごすことはできんかった。それだけじゃ」


松方正義:「(高橋に向かって)その甘さが、国の規律を破壊するのだ、高橋!お主のやったことは、ただ痛みを先送りにして、酒を飲んで忘れているに過ぎん!その借金は、誰が返すのだ!お主の孫か、ひ孫か!未来の世代に、今の我々のツケを払わせる。これ以上の無責任がどこにある!」


高橋是清:「松方殿!お主とて、インフレを抑えるために、多くの農民を犠牲にしたではないか!未来の信認のために、今の民の涙を見るのが、お主の言う『責任』か!」


松方正義:「そうだ!それこそが、国を預かる者の責任じゃ!憎まれ役を一身に引き受けてでも、国家の礎を守る!お主のような人気取りの政治屋に、わしの覚悟が分かってたまるか!」


(二人の日本の宰相が、激しく火花を散らす。その間に、FDRが割って入る)


フランクリン・ルーズベルト:「待ちなさい、お二人とも!松方サン、あなたの言う『国家』とは、一体誰のことだね?政府か?官僚か?違います、国家とは、そこに生きる国民一人ひとりのことだ!国民なき国家に、一体何の意味があるというのだ!信認だの、礎だのという抽象的な言葉のために、生身の人間が犠牲になるなど、私は断じて認めない!」


アダム・スミス:「では大統領、あなたにお尋ねしたい。あなたが与えたという『誇り』は、果たして本物でしょうか。政府から与えられた仕事で得た給金による誇りは、自らの危険と才覚で市場に挑み、勝ち取った利益による誇りと、果たして同じものだと言えるのでしょうか。私は、人間の尊厳とは、後者の中にこそ宿ると考えます。政府の過剰な保護は、一見、優しさに見えて、実は人間の尊厳を静かに蝕んでいくのです」


フランクリン・ルーズベルト:「(初めて険しい表情になり)…言葉遊びはそこまでだ、スミス先生。尊厳も誇りも、まずは腹が満たされていなければ生まれない!我々は、まず国民の腹を満たした!その上で、彼らが自らの尊厳を再発見する手助けをしたのだ!机上の空論で、我々の実践を断罪することだけは、許さん!」


(スタジオのボルテージは最高潮に達する。「民の救済」という善意。「国家の規律」という責任。「市場の自律性」という理想。「人間の尊厳」という哲学。4人の譲れない信念が、互いにぶつかり、火花を散らす。誰もが正しい。そして、誰もが、何かを見過ごしているのかもしれない。その激しい議論を、あすかは冷静に見つめていた)


【ラウンド1の締め】


あすか:「(白熱する4人を、凛とした声で制する)皆様、そこまで。…ありがとうございます。救済か、規律か。希望か、責任か。皆様の言葉は、それぞれが持つ正義の重みで、このスタジオを震わせています」


(あすかは、ゆっくりと立ち上がり、4人を見渡す)


あすか:「しかし、皆様の議論を伺っていて、一つの共通点に気づきました。高橋さんとルーズベルト大統領が財政出動というアクセルを踏む時、そして、松方さんがそれを必死に元に戻そうとする時。その傍らには、常に、もう一つの強力なエンジンが存在していました」


(あすかはクロノスに触れる。テーブルの中央に、ホログラムで『金融緩和』という四文字が浮かび上がる)


あすか:「通貨の価値そのものを操作する、強力な、そして危険な劇薬、『金融緩和』です。次のラウンドでは、皆様がこの劇薬と、いかに向き合い、そして、いかに格闘したのかを、さらに深くお伺いしたいと思います」


(4人が、中央の文字を、それぞれの思いを込めて見つめる)


あすか:「希望の翼か、あるいは破滅への媚薬か。歴史バトルロワイヤル、第2ラウンド『劇薬の功罪~金融緩和は希望か、麻薬か~』で、再びお会いしましょう」


(あすかが一礼すると、スタジオの照明がゆっくりと落ちていく。しかし、4人の論客たちの間の熱気は、収まるどころか、むしろ次のラウンドに向けて、さらに燃え上がっているかのようだった)

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