落語声劇「首提灯」
落語声劇「首提灯」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約15分
必要演者数:2名
(0:0:2)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
男:博打で勝ったか大きな仕事か、とにかく懐が温かい現状の江戸っ子。
芝の山内で侍と出会ったことが運の尽きの始まり。
全編を通してほぼ酔っぱらっている。
侍:どこかの地方の大名の家来。
道を聞いただけなのにさんざん罵られてバカにされ、
あげく痰まで吐きかけられ、ついに堪忍袋の緒を切る。
火消し:め組ですかね。
セリフ数2。
語り:雰囲気を大事に。
セリフ数2。
●配役例
男:
侍・語り・火消し・枕:
枕:江戸時代は、侍が天下の往来をのし歩いていた時代です。
大小の刀を二本差し、士農工商の一番上に立って無礼があらば
斬捨御免。そんな武士には試し斬りというものがございました。
しかし、武士と言ってもその剣の腕前はピンキリ、斬ったはずが
ただ殴っていただけなんてのはよくある話です。
牛蒡や人参みたいにはなかなかいきません。
ところが本当の達人に斬られると、斬られた当人が気がつかない。
人斬りの名人と言われた白井権八…史実ですと平井権八ですが、
鼻唄三町矢筈斬り…某国民的漫画アニメで有名になりましたな。
斬られた人が知らずにいい心持ちで鼻唄を唄い、
三町…今の距離に直すと、約300メートルちょっと歩いたところで
初めて斬られたことに気付いて絶命するというものがあるんだとか。
武士というものはふだん帯刀していて怖いものだということは、
町人も身に沁みるほどわかっている。
ところが酒で酔っぱらった勢いでつっかかるなんてのがいると、
どうもこれは始末におえないわけでして。
男:【酔っぱらいながら】
はぁぁ、ありがてぇありがてぇ、い~い気持ちだなァどうも。
近年まれなるいい心持ちじゃねえかァ、ははは。
久しぶりに金がドカンと入ったとたんに、品川の馴染みの女から
手紙が来やがった。
今晩ぜひ、おまはんの顔を見せてもらいてぇ、そうしないと虫が収ま
らねえ、だと。虫をおさえる顔を持ってんだなぁ俺ァ、ははは。
そう言われりゃあ悪い気はしねえ、これから品川ァ繰り込んで、
馴染みに顔を見せてやろうってな。
無事な顔を見たり見せたり、安心したりさせたりぃとくらァ!
あんまり安心をするツラじゃねぇけど、まァいいやな、ははは!
けど、ちいと淋しいとこ来たな…どこだ?鐘がごぉんんと鳴ってら。
おい増上寺の鐘だよ…いけねえ、芝の山内じゃねえか。
近頃ここらはバカに物騒になってるってな。
追い剥ぎだの試し斬りだのが、のべつに出てくるってェ話だ。
そこへ持ってって銭があるなんて知れたら、追い剥ぎにゃとっちゃ
いい鴨葱だよ。命も銭も値切らしちゃくれねえやな。
弱ったね、今の嘘だって言ってみようかあ…?
いやぁ、言ったって向こうでその気にならねえだろうなあ。
こうなりゃあべこべに高飛車に出てやる。なるようになれってんだ!
こっちから追い剥ぎに会いてえって言ってやんだ。
そうすりゃ向こうで驚いて引っ込みやがんだろうよ。
ようし、ものは何でも景気が肝心だ。
おうッ!
追い剥ぎでも試し斬りでも何でも出てこい!なぁッ!
矢でも鉄砲でも持ってこい!驚きゃしねえぞ!
こっちはオギャアと生まれてこのかた、
痛え思いと怖え思いはしたことがねぇお兄いさんだ!
出て来やがれ!
おいどうした追い剥ぎ!
へへへ、こっちの景気がいいから出て来やがらねえな。
今日は休みか、追い剥ぎ!
侍;おい、待て。
おいっ。
男:!っとっと、…ホントに出て来やがった。
こいつァいけねえ、冗談じゃねえよ。
うっかり洒落も言えやしねえな。
これァあきれたね…そう速やかに出てくるとは思わなかったよ…って
おっそろしく背のたけぇ野郎だなァおい。
こういうのを塀を跨いじまうってんだろうね。
なんだよおい。
なんだよおじさん。
侍:武士をとらえておじさんとは何け?
男:なにを? 武士をとらえておじさんとは何け?
なに言ってやんでェ。
てめェのほうでもって「おい、おい」っつったじゃねえか。
だからおじさんっつったんだよ。
叔父甥の間柄ってェやつだ。
なんか用か?
早くしてくれよ、急いでんだからよ。
なに、何なの?なんだい?
侍:拙者、このたび江戸表へ出てめえってまだ日が浅い。
道に迷っておる。麻布へめえるにはどうめえったらよい?
教えろ、町人。
男:…ははは、どこで取れやがったか知らねえが、脅かしゃがるよおい。
麻布にめえるにはどうめえったらよい?だってよこんちきしょう。
てめえら田舎侍が夜夜中に出先で酒喰らってほっつき歩いて、
道に迷ってるんじゃねえ間抜けめ!
領分の百姓とかに道を聞くのたァわけが違うんでェ!
なに言ってやんでェ、町人だ?ああ町人だ!
頭に海苔巻きが乗っかってるんだ、殿様には見えめぇ。
町人にゃ違ぇねぇが、口のきき方ぐれェあらぁな!
江戸でそんなものの聞き方して、誰が教えてくれると思ってんだ!
江戸っ子はつむじもへそも曲がってんだべらぼうめィ!
手本聞かしてやっから覚えとけ!
「そこにおいでのお方、誠にお急ぎの所をお御足を止めて恐れ入るが
、拙者は何某の守の家来で何役を承っておる何の何某と申す者。
このたび江戸表勤番に相成り、どこそこの屋敷より麻布の何の何某の
屋敷に参ろうと思うが、夜分に紛れ土地不案内の為、よくわからぬ。
そこにおいでの方、誠に恐れ入るが、麻布に参るにはどう行ったら
よろしいか、どうぞお教え願いとうございます。」
と、ぺこりと頭の一つも下げ、
膝の下まで手ェついてなぜ頼まねえんだ!?
麻布にめえるにはどうめえったらよいだァ!?
どうでも勝手にめえれこの丸太ん棒め!!
侍:武士をとらえて丸太ん棒とは貴様、はなはだ乱言であるな。
男:ケッ、乱言もじゃんけんもあるかィこんちきしょう。
人間だから夜中にそうやってフラフラ歩いてんだろうが!
丸太ん棒ならとうに親舟に引き取られて帆柱になってんだこの
帆柱野郎め!
おう、おう待ちな、いいこと教えてやるよ。
爪先を前にして踵をあとにして、互いちがいに歩いてみねえ、
方角が知れなきゃ最初北へ行って、それでいけなきゃ南へ行って、
東へ行って西へ行って、それでまだわからなきゃあ
東西南北のあいだあいだを捜して歩けこのぼこすり野郎!
侍:…ぼこすり野郎とはなんだ?
男:あ?すりこぎだってんだよ!
それも並のすりこぎじゃねえ、てめえ図体がでけえだろ。
馬鹿げて大振りだからかまぼこ屋のすりこぎってんで
ぼこすり野郎っつったんだよ!
ザマぁ見ろィこのかんちょうれい!
侍:…かんちょうれいとは何だ…!?
男:いちいち聞くんじゃねえよこの野郎!ったくよォ。
かんちょうれいとは何だ!?んなこたこっちだって知らねえよ!
知らねえことだけ聞き直しやがる、やな野郎だな!
侍:おのれ…食べ酔っておるからと不憫を加えておるというに…!
差しておる刀が、二本差しが目にへぇらんか…!?
男:へっ、何言ってやんでェ。
食べ酔ってるんじゃねえ、吞み酔ってるんだ!
目にへぇるくらいなら手品使いにでもなって寄席にでも出てらァ。
侍:貴様…これ以上無礼を申すと、手は見せんぞ…!
男:手を見せねえってんならしまっとけよォ!
なんでェ二本差し二本差しって、片っぽは一本半じゃねえか!
二本差しが怖くて焼き豆腐が食えるかってんだ!
煮込みのおでんだって一本刺してるだろ!
気のきいたウナギをあつらえて見ろィ!
五本も六本も刺してんじゃねえか!
そんなウナギを食った事はねえだろ!…俺も久しくねえけど。
どうだい、仲直りにどっかで一杯やって品川でも繰り込むかい!?
ったく目障りな野郎だ、カーッぺっ!!【痰を吐きかける】
侍:!!ッッ!
…おや、野郎気に入らねえなぁ、ひらりと体をかわしやがったよ。
よし、わかった!読めた!
追い剥ぎじゃねえな、試し斬りだな!
ものを聞きやがってこの野郎、油断させといて斬ろうってのか!
おもしれぇ、試されてやるよ、斬ってもらおうじゃねえか!
人間一度死んだら二度は死なねえことぐらい、百も承知のお兄いさん
だ。
どっから斬るんだ、あ?
首から斬るか?【首根っこを叩く】
肩から斬るか?【肩口を叩く】
足から来るか?【太ももの辺りを叩く】
ケツから斬るか?【尻を叩く】
叩きゃ音がするんだこっちは。
どっからでも斬ってみせろィ!
叩いたって壊れるような金華糖じゃねえんだ。
斬って赤え血が出なかったら、お代はいただかねぇ西瓜野郎!
白いとこがあったら赤えところと取り換えてやろうじゃねえか!
おう、斬るってんなら斬ったらいいじゃねえか!
斬れよ。
斬れよ!
斬れねえか!?
剣術も知らねえんだろ、この刀掛け!
バカに長ぇ刀掛けだよまったく。
こんだけ言われて抜かねえとこを見ると、ははぁそうか。
その腰の物は、中身売り飛ばしちまって竹光か!
竹光じゃあトゲ立てんのが精一杯だもんなあ!?
侍:…もうよい、行けィッ!!
男:なに顎でしゃくってんだ。病人が蠅を追うような恰好しやがってよ。
声がデカけりゃいいもんだと思ってやがる。
なにが行け、だよ。俺ァてめえの家来じゃねえぞ!
あっち行けったって、俺がこっち行きたかったらどうすんだ。
てめえの言い状たてなきゃいけねえってのか!?
顎で人様に指図するほどえれぇってのかい、こんちきしょう!
田舎侍のくせにでけぇツラするんじゃねえ!
どこで育ったか知らねぇけど値の知れねえ米ぇ喰らって、
日当たりのいい所でうすらぼーっと生きてやがるからそんな寸の身が
できあがんだ!
カーッぺっ!!【痰を吐きかける】
侍:!!おのれッ……貴様、侍の面部へ痰唾を吐っかけたな!?
男:吐っかけたんじゃねえ、引っ掛けたんだよ!
なに言ってやがんでェ、唾をかけて怒るツラかィ!
面目ねえ面ァしてやがって。
鏡と相談しろィ!
まごまごしてっと素首引っこ抜いて、
胴殻ン中へ叩っこむぜこんちきしょう!
気に入らなきゃもういっぺんやってやらァ!
カーッぺっ!!【痰を吐きかける】
侍:!!!
おのれ…我が恥辱なら我慢もいたそう。
だが殿より拝領いたしたる大切な紋服、
そのご定紋に痰を吐っかけるとは憎き奴。
貴様、その分には捨て置かぬぞ!
待てッ!
男:待ってたまるかィ、糞でも喰らえってんだ!
侍:【走りながら】
待てッ、待て待て待てッ……!!
ぬんッッ!!
男:あん?何かしたかい?
屁も垂れられねぇくせに大きなことを言うない!
語り:声を掛けながらちゃっちゃっちゃっちゃっと雪駄の後金を
鳴らして駆けて参りました侍、腰をひねって居合一閃、
音もなく刀身が鞘にスーッと収まります。
その早業たるや、抜く手も見せずとは正にこの事。
懐紙を取り出すと痰を拭い、袴の埃を払って突き袂、
猩々の謡か何かを口ずさみながらスタスタ去っていきます。
男:まだ何かするってのかい!?
こちとら江戸っ子でェ、矢でも鉄砲でも持ってこいってんだ!
あははのはァ…!
侍:【※猩々の一節を唄える人は唄って下さい。】
【つぶやくように】
たわけめ…!
男:おうッ奴ッ!逃げんのかァ!?
敵に後ろを見せるなんざ卑怯な野郎だ。
こちとらてめぇみてえな木っ端侍に脅かされて驚くような
意気地のねえ人間じゃねえんだ、べらぼうめィ!
それでどうしようってんだァ!?
一人じゃとてもかなわねえってんで、屋敷へ帰って
先祖伝来のボロ鎧を着て、痩せ馬へ乗っかって
錆槍ぶらさげて、仲間ァ大勢連れて仕返しに来ようってのかァ?
それまで突っ立ってなんかいねえぞ、石灯籠じゃあるめえし!
こちとらその頃にゃ、品川の女ンとこへ引き取られてんだからな。
すっかり世話になっちまうんだからよ。
ざまあみやがれエェーーーっッ!【息が漏れて声が裏返りかすれる】
…あれ、声がおかしくなっちまったぞ…よそよそ。
あんなの相手にしてらんねぇ、早く馴染みのとこ行かなきゃな。
「おまはん久しぶりだったよ。他で浮気をしていたの?」
冗談言っちゃいけねぇ。おめぇがありながら、どこで浮気ができるっ
てんだ。さっきね、芝の山内でリャンコと喧嘩しちゃったよ。
「およしよ、相手はお侍だよ?人斬り包丁持ってるじゃないか。」
持ってたっていいじゃねえか。ケンカなんてもなァなぁーーっん??
【首がぐらりと横を向きそうになって戻す】
慣れだよ慣れ。ばばっとやって逃げちまうんだ。捕まるもんかい。
「いやだよこの人は。おまはんの身にもしもの事があったら困るよ。
おまはんだけが頼りなんだから、あたしを心配させるのはよしとくれ
よ。」
何言ってやんでェ、大丈夫だよ。
バカな事言いーーーっとっとと…?
【首がずれかけて後ろから支えて元に戻す。】
っかしいなァ…?いやに俺の首の行儀が悪くなりやがったぞ。
こんなグラグラする首じゃねえんだがな…?。
まあいいやっへへへ、都都逸にもあるよ。
「広い世間にあなたがなけりゃ」ってな。
こんな苦労ォーーんん?
【息が漏れて声が裏返りかすれる】
「こんな苦労はしやすまい」ってね。
お互いにィーーぅんん??
【首がずれかかって手で支える、声も裏返ってかすれる】
どっかから息が漏れてるぞ…?
それに俺の首、こんなにガタついたりゃしねえはずだけどな…?
なんだあ、やけに首まわりがにちゃにちゃしてきたぞ……?
【ここからやっと状況を理解して慌て始め、だんだん半泣きに】
あッ!!!
やりゃあがったな、畜生っ!
やるならやると断わりゃあいいじゃねえか。
だしぬけに斬りやがって…弱ったな…どうしよう…壊れもんにされち
まったよ…。
膠で付けたってもつめえな…!?
…ん?前がぼうっと明るくなってきやがったぞ…。
語り:ようやく斬られた事に気づいて途方に暮れる男、両手で頭を抱えて
歩き出すと、そこへ半鐘がジャンジャンジャンジャンと鳴り響きま
す。
男:こらァいけねぇ、ありゃ火事じゃねえか…!
悪い時に出会っちまったよォ。
火消し:あららァァーいッ、らァらァらァらァいィッッ!
邪魔だ!邪魔だ邪魔だ!
男:お、おッ、おおっと、とっとっ、押しちゃあいけねえ!
こっちゃあ壊れものを持ってんだ!
火消し:どいたどいた!おう、どいたどいたッ!
男:い、いけねぇ、おそろしく混んできやがった。
あたま落っことしちゃなんねえや。
高く差し上げて提灯代わりにして……、
はいごめんよ、はいごめんよ。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
三遊亭圓生(六代目)
立川談志(七代目)
古今亭志ん朝(三代目)
※用語解説
・芝の山内、増上寺
東京都港区芝公園四丁目にある浄土宗の仏教寺院で、徳川将軍家の菩提寺
でもある。
・リャンコ
数の2の事。
武士が刀を二本差していた事から、武士を嘲って言う言葉。