21.将軍っ!!
「竹中京太郎?」
シュルトが答えた名前。その名前に将軍は全く覚えがなかった。強者の名前は要注意人物として記憶しているがその中に竹中京太郎などという名前はない。いたら変わった名前のため覚えているだろう。
「はい。彼はそう名乗りました」
「そうか。その者と協力して倒したのか?」
肝心な部分を聞く。協力して倒したのであればまだいい。だがそうでないのなら。将軍として、この国を守るものとしては把握しておく必要がある。
「いえ、彼は1人で金のジュワールを倒しました」
「ほう…。その者の戦いぶりはどうだった。教えろ」
少しでも情報を集める必要がある。なんなら呼び寄せてもいい。
「はい。彼は魔法使いです。それも相当に強力な」
「魔法使いだと? 魔法使いが1人で倒したのか?」
「はい。彼は詠唱省略を習得していました」
「ほう…」
詠唱省略。魔法を発動させるための詠唱を省略し、魔法名を唱えるだけで魔法を発動させることができる方法のことだ。だが容易いことではなく、できるのは世界でも50人程度だろう。詠唱を省略出来れば魔法使いは一気に化け、1人でも戦闘が可能となる。
「それで? お前が強力な魔法使いと言うくらいだ、それだけじゃないだろう」
シュルトはいくつかの魔法を詠唱省略できる。だから別に詠唱省略を見てその人物を褒めている訳ではないのだ。
「はい。彼はいくつかの魔法を同時に使用し、更にその全てが高位の魔法ではないかと」
「同時使用か。高位の魔法とは?」
「魔法名を言っていましたが、正確には聞き取れませんでした。ですがかなり高位ではないかと」
「そうか…」
この世界の魔法には位が存在する。と言ってもそこまで細分化はされておらず、低位、中位、高位の3つだ。位が同じだからといって難しさや威力などが変わらないということはなく、例えば高位の中でも弱い魔法などが存在する。この3つの位分けはあまりにも大雑把すぎると、近年見直され始めていた。
そのため、高位と言っても強い魔法かどうかは魔法名を聞くまで分からないのだ。
だがシュルトはかなり高位であると言った。
そのことから、強い魔法なのは間違いないと将軍は考えていた。
「それで?」
「はい。彼は魔法を併用し、ジュワールを徹底的に痛めつけたあと、跡形もなく吹き飛ばしました」
「…その言い方だと、その者はお前たちが敵わなかった魔物を余裕綽々で倒したと言うように聞こえるが?」
「はい。その通りです。彼には焦りも、緊張感も感じられませんでした。ただ、ミランを傷つけたから殺した。そういった印象を受けました」
「待て。その者はミランの知り合いか?」
「そのようです。彼はミランに世話になったと言っていました」
「ふむ」
正直、『月影』が勝てない相手を余裕で倒したと言うことは予想外だった。大方、辛うじて勝ったか、多少苦戦して倒したのだと思っていた。それほどまでの強者となれば尚更放っておくわけにはいかない。
だが、ミランの知り合いと言う点はいい事だ。それならば呼び出すこともこちらから行くことも可能だ。
「シュルト。そのものは今どこにいる」
「宿屋に戻ると言っていました」
「場所は?」
「そこまでは知りません」
「そうか」
宿屋に戻ったということは眠りに行ったのだろう。
であればあと数時間はその宿から動かないはずだ。ちょうどいい。
「よく分かった。わざわざ報告感謝する」
「いえ。こちらから要請を出しておいて実は解決していましたでは笑い話にもなりませんので」
将軍を動かすにはそれなりの理由と要請がいる。そしてそれは将軍の予定を変更することになるため、もし、将軍が動いた後に必要が無いとでもなってしまえば多大な損害が生じる。賠償などは一切ないが、将軍からの信頼は地に落ちるだろう。
「そうだな。だが迅速な判断はさすがだ。これからも簡単には動けない我々の代わりに頼むぞ」
「はい。この国の住人のためとあらば」
そう言ってシュルトとマリアンヌは部屋を出ていった。
将軍以外居なくなった部屋。その部屋で将軍はひとりでに呟いた。
「聞いていたな? 探せ」
「御意」
カーテンの影が僅かに揺れる。そして、影が薄くなった。
将軍直轄の情報収集部隊が京太郎の宿を見つけるべく行動を開始した。
※※※
数時間後。
京太郎が確保していた宿に1つの影が忍び込んだ。
宿の管理帳簿から入手した京太郎の部屋番号を頼りに部屋を探し当てた。
そして中へと入る。音を一切立てずに、中にいるはずの京太郎には絶対に気づかれないように。
中へはいると魔法を使用し、影に紛れる。そしてベッドの様子を観察した。
(これが、あの『月影』より強い人…?)
影が目にしたのは腹を出して、布団をはいだまま眠る京太郎であった。幸せそうな顔で眠っており、とても強そうには見えなかった。
(まぁとにかく指示通り見つけたわね。戻りま…)
「何、やってるんですか?」
(!?)
声を掛けられる。声のした方向を見ると壁にもたれた人物がじっとこちらを見ていた。その人物は今まさにベッドの上で寝ているはずの京太郎であった。
慌ててベッドを見るとそこに京太郎の姿どころか、ベッドすら存在しなかった。
(幻影か!!)
「聞いてます? 人の部屋…借り部屋で何やってるんですか?」
(…バレている!?)
影はその事実に驚きを隠せないでいた。これまでバレたことなど1度もない。それに影の使ってる魔法は一族に伝わる門外不出の魔法。影の中に自分を溶け込ませ、姿を消す魔法だ。バレるわけがなかった。
「出てこないなら、引っ張りだします。」
(できるわけが無い…! 影に入っている私を引っ張り出すなど…!)
「…いいですね?」
杖をクルクルと2回ほど回し、トンっと地面を1度付いた。
「『女神の瞳』」
京太郎は魔法を行使した。
すると、先程まで誰もいなかったはずの空間に黒の装束に身を包んだ女性が姿を現したのだった。




