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第66話 何だお前


「ぴえええええん!離してええええ!」


「キリキリ喋らないからこうするしかないんだろうが」


「壁に擦り付けないでええええええ!」


 ズリズリと現代風、いや、旧世代風な引きこもり部屋を闊歩する男がいた。


 彼はケンと名乗り、くるりと円を描くような角を生やし、体表から鱗を見せつけ強靭な尻尾をバタバタさせる少女を壁に押し付けつつもみじおろしにする。


 引きこもりなだけあって耐久力が高く、逆に壁が削り取られるという事態になっていても彼は動じていない。


 おそらく、間違いなくこの少女こそ日乃本最大のダンジョンにおける最上位の知性あるモンスター。キメラというイレギュラーを除けば間違いなくコレがボスであるのだろう。


 残念な事に、ケンにビビり散らし泣き喚くなどして威厳が完全に損なわれている。


 彼女の本性はドラゴン、空の覇者であり大地を統べる象徴である筈だった。


「やだやだやだやだ!死にたくない!死にたくない!」


「まだ殺すつもりはないが?」


「殺すんだ!最終的に私を殺すんだ!あ゛ーっ!あ゛ーっ!」


「やかましいなこいつ」


 ゴリゴリと壁に押し付けられながら顔から涙鼻水涎全て出しながらわめき続けるダンジョンボス。


 本当にこれが大規模なダンジョンの主なのか?と言いたいところだが彼女は実際のところ、中間管理職に過ぎない。


 そのことについてはケンもよく理解している。何故なら彼の親友とその友人が侵略者の大本を潰しているためダンジョン内に居るのはその中継役、いわば現場監督である。


 実力はあるものの、ダンジョンをこの星に設置した侵略者と比べたら些細な実力ともいえる。


 なお、被害を考慮しなければケン単体でも侵略者の大本は一掃出来ていた模様。


「とにかく、お前のことを教えてくれたらこの場は逃がしてやる、だから泣いてないで話せ」


「なんでもします!貴方の奴隷にもなるし卵も産んであげます!だから殺さないでえええええええ!」


「黙れ」


「ぴぃ…………」


 流石に話にならないとケンはもみじおろしにするのをやめてダンジョンボスの顔を掴んだ。


 いわゆるアイアンクローと言うものであるが、力は殆ど込めていない。それでも彼が力を籠めると顔面が豆腐のように潰れてしまうのは間違いない。


 その事実を知っているダンジョンボスは小さな悲鳴を上げて大人しくなる。


 しょわあああ…………


 股だけは正直だった。


「この際、漏らしたのはどうでもいい。しっかりとこっちの世界の言葉を喋られるんだな」


「だ、だってゲームするのに必要だったから…………」


「そのゲームはいつ、どこで手に入れた?」


「そ、それは…………力込めないで死んじゃう死んじゃう死んじゃう!最初の侵攻の時に配下に外の世界の道具を集めさせましたぁ!」


「それにしては長持ちだな。少なくとも50年あれば相当劣化するはずだ。今ここにあるのはそういうのが見られない、どういう仕組みだ?」


「だ、ダンジョンのリソースを使って『固定化』させました!」


「固定?概念を弄ることが出来るのか。その割に融通は利きにくいタイプか」


 200年前の電子機器が劣化していない事に納得はした。しかし、その『固定化』のリソースがどこから来ているのかは理解できていなかった。


 科学に関しては随一ではあっても、魔術や超常現象に対してはからっきしなのだ。


「ところで重要な質問になるが、お前がダンジョンのボスとやらだな?」


「ナ、ナンノコトデスカー?ワタシ、タダノ引きこもりもんすたーデス」


「角の一本や二本くらい無くても大丈夫だな」


「だめええええええ!誇りなのおおおおお!ドラゴンクイーン最後の血族の誇りなのおおおおおお!」


「じゃあ今日で絶滅だな」


「やだあああああああ!」


 物凄く白々しい嘘を吐けるものだと思う。思っている以上に人間臭く、そして生存欲もあるのが意外なくらいであった。


 ダンジョンに出現するモンスターはキメラ含め命知らずである。


 基本的に人間を見下しているからだと思われるが、それらには必ず殺意が伴っている。それどころか悪意と言って差し支えないほどの感情を抱いているようにも思えた。


 事実、長期間生存できていたキメラという例外を除き、何度も何度も同族を屠り、肉塊に変え、塵に還した男を最初は侮っているように思えているのだ。


 生物としての繁殖を滅多に行わないせいか、何が危険因子なのかを毎回身をもって知らねばならないほど危機感が薄いとも言える。


 それは自分の強さをある程度理解できているからだろう。地上の人間と比べたら比較にならず、しかし探索者と比べたら微妙な差に落ち着くほどの実力。それが中層から上までのモンスターである。


 だが、深層だけは違う。今まで戦ってきたモンスターが可愛く見えるほどの強靭な肉体、異様な特殊能力、悪質なトラップと入念に準備をしていようと攻略できないのが深層なのだ。


 そんな深層のバランスを壊すような人間がここにいる訳だが。


「死にたくない!もっと遊んで平穏に暮らしたいのに!やだやだやだやぁぁ!」


「だから殺すつもりはないと言ってるだろ。そもそも待ち構えるキャラの癖に生きる事に振り切るな」


「だって、貴方が私のダンジョンで生成したモンスターをずっと無傷で倒し続けてるもん!20年飲まず食わずで戦い続けてたの見てたもん!無理!力は絶対勝てないし持久戦でも勝てないもん!」


「だから引きこもってたと」


「地上にこんな奴いるなんて聞いてないよぉ…………創造主どうなってるのぉ…………?」


「まあ、既に死んでるからな」


「知ってるよおおおおおお!200年連絡なかったら察するもん!」


 侵略者の大元が死亡している事には気づいていたらしい。確かにダンジョンからモンスターを放出し続けて地上を制圧する、というには気長な計画ではあるがそこそこ連絡を取れていなければ地上の様子や主人の意向を確かめることはできない。


 どんな主人だったかはケンは知らない。しかし、彼女の様子を見ている限り連絡自体はこまめに取っていたようだった。


「それで諦めてここを潰されないように遅延かけてたって訳か」


「正直、ゲーム楽しいし食糧も美味しいもん。最初の時に殺し回った時に回収できたリソースはたんまりあるし、定期的に死んでくれるから実質永久機関になってて飢えたりモンスターが尽きる心配はないからどうでも良くなって…………」


「それに俺がいるからか」


「そうだよ!無理だもん!何で魔力も無しに太陽を作れるの!?しかも太陽を作って破裂させた後も無傷の金属纏ってるし!意味わかんない!わかんないわかんないわかんない!」


「発狂するな」


 ずごん!と再びパニックになったダンジョンボスの後頭部を壁にぶつける。


「こういうのは、どっしり構えているべきじゃないのか?俺の友達は公私をきっちり分けていたが」


「ぴぇ…………で、でもぉ、貴方の活躍を見てたらそんな気も失せますぅ…………」


 手のひらが液体でぐちょぐちょに濡れても決して緩まず、滑ることないアイアンクローに囚われてもダンジョンボスはメソメソと泣きながら答える。


 耐久だけは立派なのに、心が完全に折れてしまっている。


 出来る限りのモンスターをぶつけても疲弊どころか無傷かつ死体の一部を剥ぎ取って研究するような生物を相手にしたくないのだろう。


「何なんですか、何でもするので殺さないでくださいぃ…………」


 本気過ぎる命乞いに対して、最初から殺す気は全くないというのにここまで卑屈になっている彼女を逆にどうしようかとケンは逆に困ってしまった。


 こういうのは親友である『教祖』の十八番だというのに、彼は既に国外退去しているのをニュースで確認しているためすぐ頼れる状態ではない。


「とりあえず、今日から引きこもり卒業させるぞ」


「やあああああああああっ!」


 ジタバタと暴れるダンジョンボスに、ケンは無慈悲に顔を掴んだまま部屋の外へ出る。


 そう、落ちてきた穴の下に立ち、屈んで…………


「せいっ」


「ぴょわああああああああっ!?」


 ドラゴンの女王すら驚くほどの勢いで跳躍した。


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