第65話 肩透かし
「何もないのかよ」
あれだけ豪華な扉を潜り、明らかに他の通路とは違う素材が使われた通路を辿り、ついた先はそこそこ広い部屋であった。
明らかに戦闘を意識した動きをしてくださいと言わんばかりに天井も高く、無駄に広いとしか言いようがない。
ただ、肝心な敵が見当たらなかった。
「うーん?これもトラップの一つか?期待させて何もない、もしくはこの部屋自体がトラップで何らかの仕掛けが発動するか」
そう言いながらも壁をハンマーで砕きサンプルを採取しつつ、まずは外周から異常がないか確認してみる。
思っているよりかは硬くない。むしろ強い衝撃を加えたら壊れるようになるほど脆いと言って過言ではない。
最初からそのような目的でやっているとしか思えない。環境破壊を戦術に含めた何者かが居たのか?
一通り周囲を探索しては見たが、やはりそれらしきボスも存在しない。
「やはり罠だったか?最初からダンジョンボスは居ない…………いや、あいつらが大本を断った時点で単体制御になるはず。その場合、ここが何も無いはずがない」
もはやサガと言うべきか、気になったことは出来る限り調べつくそうとする彼の独り言が響く。
最初に扉を隠していた壁は脆かった。そして、このボス部屋の壁も脆い。更なる隠し部屋が存在するのではないか?そんな疑問に行きつくのは当然であった。
よって、行えるだけの破壊を行った。
一つ足踏みをするだけで大地が揺れ、拳を叩きつけるだけで万物は砕け散る。
ダンジョンの壁を破壊しなかったのはすぐに再生するからではない、破壊しすぎて地盤ごと全て壊れる危険性があり、最悪の場合は星自体に影響を及ぼしかねないからであった。
それほどまでに高まる無法なパワーは無慈悲にも、ささやかにボス部屋に振りまかれる。
どれだけ暴れたら地上に影響が出るかは120年前に黒電話で確認は済ませているため手加減はしっかりしている、それでも天井、床、壁が全て粉微塵となっている。
「っと、これくらいにして…………まだ何かあるか?」
床が瓦礫で敷き詰められたことで一度暴れるのを止めたケン。
数分前より一回り大きくなったボス部屋を見渡して、あらたな発見があった。
「やっぱり、まだ何かあったな」
床は瓦礫で元の地面が見えないほどになっているが、一部だけ風の音がした。
ほんのわずかな音ではあったが、彼やキメラほどの聴力をもつ生命体であればこのような隠し部屋を見つけることは容易い。
風の音がする床を特定し、瓦礫を蹴りで薙ぎ払うとうっすらと切り目のような線が入った光明に偽装した扉が埋まっている。取手もなく、開けてみろと言わんばかりの隙間の無さを見せつける扉であった。
「完全に中からしか開かないような仕組みだな。侵入を拒む形をしている」
こんこん、とノックをしても返事は帰ってこない。200年間もダンジョン内で引きこもっていた恥ずかしがり屋がいるのだ、返事が返ってこないのは当然であろう。
「よいしょっと」
そんな常識を期待する方が愚かである。何故なら相手は現地人の中でもトップクラスの実力者、物理だけならナンバーワンを誇る男なのだから。
メリメリとガムテープで閉じられた段ボールを無理矢理開けるように、隙間に指をねじ込むというよりかは突き刺し、指の力だけで開こうとする。
「何でこんなに分厚いんだよ、扉というかただの石じゃねえかよ」
もはや開けることを考えていない扉に文句を言いつつ、開けるというよりも引っこ抜くという言葉がふさわしいように引き出した。
分厚い、カステラを切り分けなかったかのような厚さに製作者の正気を疑うケンであったが、元より侵略者の正気など気にする必要もない。彼が200年もダンジョンで生活する原因になったのだから多少の文句を言う権利はある。
ただ、大きな刺激を与えてくれたことには感謝している。
何故なら、地上でやることが無くなってしまえば宇宙進出を狙っていたのだから。
「お邪魔します、と」
扉の先は深く暗い深淵だった。そう思わせるくらい深く、通路というよりかは落下するためだけの穴となっていたのだが彼は一切のためらいなく飛び込んだ。
ある程度強かろうと落下という自然の法則に逆らうことは出来ない。自分の耐久力を信じて飛び込む以外では手段が必要になる。
生憎、耐久力にも自信はあるケンはこの程度の問題にもスルー出来る。
落下による加速で風の音がだんだんと鋭くなる。笛のように、汽笛のように、ジェットのように大きくなっていく。
いったいどれほどの時間が経ったのだろうか、と言いたいがきっちりと時間を数えていたケンは10分ほどと理解していた。
暗闇から僅かな明かりが見える。そこが恐らく本当のボス部屋なのだろうとケンは感じ取った。100%勘ではあったが、こういう時の勘はよく当たる。
ズドン、と大きな音を鳴らして地面に激突する。ただし、ちゃんと受け身をとってぶつかった瞬間に衝撃を吸収して立て直している。
いつ襲い掛かられようと対応できるようにしっかりとハンマーを投擲できるよう持って、前を見る。
そこには何かが居た。
明るい部屋、ピコピコと鳴る箱、柔らかく沈む布の塊、辺りに散らばる油の匂い、その上に何かが居た。
それにはくるりと丸まった角が生えている。瞳は緑に、肌は白く艶やかである。しかし、その肌には鱗のようなエメラルドに輝く物質を直に生やしている。
先ほど出た大きな騒音によって目を丸くしており、背中から顔を覗かせている尻尾が一直線に伸びている。
そう、この部屋はいうなれば…………
「何だこのゲーム部屋」
完全に個人宅で作られるような遊びに適した部屋であった。
事実、よく見ると200年前のゲームがそこらかしこに転がっており、タイトルもケンが覚えているレベルでの古いものばかり。
一体どこから回収したのだろうか?なお、これら一つ一つが絶版かつデータも残っているかどうか怪しいレベルの産物であるため好事家に売りつけると家が一つ建つくらいになる。
ケンの黒い瞳と沈む布、もといクッションで硬直する謎の人型モンスターの緑の瞳が一直線で結び合う。
互いの瞳をじっと覗き込む時間は僅か数秒、しかし妙に長く感じられたのは互いに微動だにしなかったせいなのか。
『ゲームオーバー!ゲームオーバー!』
音が鳴る箱、もとい現存してたのが奇跡なほど旧時代に存在していたテレビから画面内の状況を伝えられたことにより人型モンスターは動き出す。
「ひょえっ、ひょえええええええええっ!?」
「何だその情けない声は」
ずざざざざとクッションから這うように降りて後退りをし距離を取られた。
ケンを前に死ぬほどビビっている。いや、本当に死ぬのではないかと思うくらい白い肌がさらに白く、むしろ緑になっているように見える。
「あば、ばばばばばばばびびびび」
「おい、お前話せるか?それやってるんだったら、こっちの言葉が分かる、という認識でいいんだよな?」
ビビりすぎではないかと思うほどビビってる人型モンスターにケンは近づく。いや、追い詰めるという方が正しいのだろうか。
逃げる場所を失ったのか、壁なら背中を貼り付けてガタガタと震える人型モンスターは、目の前で立つ絶対強者を見上げる。
しゃわぁぁぁ…………
「うわっ、こいつ漏らしやがった!」
生物の尊厳を全て捨てて、ダンジョンボスともあろう者が死んだほうがマシなくらい情けない姿を見せていた。
「おい、どうするんだよこれ」
思ってたのと違う、キメラを超える凶暴で強大なボスを期待していたケンは肩透かしを食らった気分で久しぶりに困り果てた。
とりあえず、謎の人型モンスターが落ち着くまで待つのみである。




