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アーステールの猫  作者: 榛名
黒猫と見えざる射手
9/32

黒猫と見えざる射手 9


ゴゴゴ…

物音を立てて部屋が揺れる・・・仕掛けが動き出した。

溝に沿って壁が動き・・・隠し通路が開かれる。


その様子がよく見えるように、私はランタンを灯した。

おそらくは昨夜のエリック様も同じようにランタンを構えて・・・そして近付き過ぎてしまったのだ。


階下への通路が大きく開いた、その次の瞬間・・・階下の闇の中からそれは飛び出してきた。

フードを被った刺客、その手に持った剣・・・血塗られた切っ先を真っ直ぐ前方に伸ばして・・・


「「?!」」


暗闇の中で親族の皆様が息を飲む気配が伝わってきた。

伝説に名高い暗殺者、その姿を見た者はいないという話だけれど・・・誰しも姿を想像くらいはする。

その想像上の姿を模して造られた精巧な彫像は、ガコンと音を立てて隠し通路の入り口脇に収まった。


「・・・」


目の前の出来事に皆が声を失い静まり返る中。

アーステール様の声だけが静かに木霊した。


「大小様々な星が輝く夜空の一角に、そこだけ星の全く存在しない暗黒の領域があります・・・その暗闇には、かつて死神と呼ばれ冥府の神の使いとされた『見えざる射手』が今も隠れ潜み、標的の命を狙っている・・・」



『見えざる射手座』


『清泉の蠍座』と『群なす山羊座』の間にある暗黒の領域。

星1つ存在しないこの暗闇の中に、伝説の刺客の姿を幻視した古代の民がいたという。

古い占星学に置いては、11の誕生星座にこの星座を加えて12星座とする説もあった。




「昨夜、ここで起きた事を説明します___


エリックお兄様はエリーザお姉様をこの部屋に呼び出していた。

内密の話・・・おそらくは金策ではないかと思いますが・・・亡くなってしまったので、それはもうわかりません。

とにかく人目に付かないように夜遅い時間に、エリックお兄様はこの部屋で待っていたのです。


エリックお兄様は何も知らなかったのでしょう・・・この部屋に何があるのかを。

しかしお兄様がこの部屋で待っている間に、条件の方は揃ってしまった。

ちょうど12時に、月の光が差し込んで・・・『12の星の光』が部屋の仕掛けを動かし、『見えざる射手』が姿を現したのです。


___かわいそうなエリックお兄様・・・とっさに短剣で応戦を試みたのでしょうが、あえなくその心臓を刺し貫かれて・・・」




もはや誰も疑いようはない。

エリック様の倒れている位置、そして『見えざる射手』の像が持つ剣に付着した血が何よりの証拠だった。



「そういえば、部屋の鍵は・・・」

「おそらくはこの仕掛けの一部・・・他人に見られないように、通路が開いている間は鍵が掛かるようになっているのではないかしら」

「ええ、たしかに・・・扉に鍵が掛かっているわ」


扉に鍵が掛かっていることも確認された。

昨夜エリーザ様が来た時に鍵が掛かっていたのは、この仕掛けが動いていたからだろう。

そしてこの仕掛けは時限性で・・・1時になると同時に隠し通路は閉ざされ部屋の鍵が開かれる。


「・・・愚かなお兄様、何もせずとも遺産が手に入ったかも知れなかったのに」


今も『見えざる射手』の前に倒れているエリック様の遺体に、エリーザ様が悲しげな視線を向けていた。

エリック様とはいがみ合う姿しか私の印象にないけれど、兄妹としての情はあったのかも知れない。


「この先の隠し部屋にお父様の遺産がありますが・・・確認していかれますか?」

「ああ・・・そう、だったね・・・」


まだこの現実を受け止めきれていないのか、エドワーズ様は疲れ切ったような声で答えた。


実際の所、私達は昼間のうちに部屋の中を確認しているのだけれど・・・



真っ暗な階段を降りると、もうそこが部屋になっていた。

あの仕掛けにスペースが取られたせいか、想像していたよりも随分と小さな部屋だ。

まるで書斎のように本棚と机が置かれていて・・・机の上には一枚の羊皮紙と、大きな宝箱がひとつ。


それらの何よりも、私の目を惹いたのは・・・


「綺麗・・・」


・・・青い染料で染め上げられた一着のお洋服。

胸のブローチと青いリボンが可愛らしい。

スカートにはひらひらとした白いフリルがたっぷりと存在を主張して・・・こちらにも青いリボンがアクセントに添えられていた。


古めかしい書斎のような部屋の雰囲気には全く似つかわしくないこのお洋服は、まるで計ったのかのようにアーステール様にぴったりのサイズに見えた。


「アーステール様・・・これって・・・」

「ええ、お父様にはわかっていたのね・・・遺言の謎を私が解くって」


そう言いながら、アーステール様はお洋服に手を伸ばし・・・ぎゅうっと抱きしめるように抱えた。


きっと旦那様は彼女のお母様と人知れず連絡を取り合っていたのだろう。

自分の命が終わろうとする中・・・知らない場所で育っていく顔も知らぬ娘を思って用意した、最後の贈り物。


でもそれにしては、愛娘に宛てた手紙の一つもないようだけれど・・・

机の上に置かれた羊皮紙に書かれていたのは、単に謎を解いた者を称える内容に思えた。

・・・他の誰かが謎を解く可能性も想定していたのだろうか。



_______________________



祝福あれ


『見えざる射手座の間』に辿り着きし者よ


この屋敷と屋敷に付随する全ての財を与える


我らが星は常に汝と共にあらん


_______________________




「・・・間違いないわ、お父様の字よ」


皆様を連れ立って隠し部屋に入ると、元々小さな部屋ということもあって随分窮屈に感じられた。

机の上の羊皮紙と、宝箱の中身を確認して貰った。


宝箱の中には、溢れんばかりの金貨と、この屋敷の権利書が入っていた。

羊皮紙の文面からは、この金貨と屋敷内にある全てがアーステール様の物になるという意味に取れる。

最後の1行だけはよくわからないけれど・・・あれも暗号か何かで、アーステール様には何かが伝わっているのだろうか。


「今更約束を違える気はないよ、アーステール・・・これらは君の物だ」

「金貨の半分くらいはこの屋敷の維持費で消えそうだから、気を付ける事ね」

「お兄様、お姉様、ありがとうございます」


約束通りにアーステール様へのこれらの相続は認められ、手続きも恙なく済まされた。


アーステール様はまだ子供だからと、難しい事はエリーザ様がやってくれた・・・ああ見えて面倒見の良い姉らしい。

いっその事後見人として今後の面倒を見て貰うというのも良いかも知れなかったけれど・・・なぜかエマリー様まで立候補してきたので、現在姉妹喧嘩が勃発している最中だ。



この屋敷の新たな主としてアーステール様をお迎えして、私も心機一転。

あれだけのお金があれば、新しく使用人も補充出来るので、これまでのような激務からは解放され・・・


「ソアレさん、この『屋敷に付随する全て』って・・・貴女も含まれるんじゃないかな?」

「え・・・」

「ほら、今お屋敷で働いているのってソアレさんだけだし・・・」

「まぁ・・・そうなります・・・ね」

「じゃあこれからは私の専属ってことで・・・よろしくねソアレさん」

「にゃあ」

「ほら、サフィールもよろしくだって・・・」


そう言いながらアーステール様が黒猫を抱き抱えた。

ひょっとして今なら・・・サフィールを撫でられる?

私は期待に胸を膨らませ、その艶やかな毛並みへと手を伸ばし・・・


「よ、よろし・・・いたっ!」

「しゃーっ!」

「な、なんで・・・」



こうして私は黒猫に引っ掻かれながらも、アーステールお嬢様の専属メイドとして傍仕えする事になりました。

でもまさかこのアーステール様が、行く先々で事件に遭遇するトラブルの星に生まれたような人だったとは・・・

この時の私はまだ知る由もなかったのです。


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