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アーステールの猫  作者: 榛名
黒猫と見えざる射手
3/32

黒猫と見えざる射手 3



その後、親族会議は日が沈んでも話が纏まらなかったらしく・・・

夕食の時間になって食堂に現れた皆様は、一様に疲れの残った表情を見せていた。

高価な食前酒の味わいを楽しむ余裕もないのか、エドワーズ様などは大きくため息を吐いていた。


「はぁ・・・」

「エドワーズ、みっともないぞ」

「に、兄さん、ごめんなさ・・・」

「フン・・・ため息のひとつも吐きたくなるでしょうよ」

「エリーザ・・・何が言いたい?」

「さぁ?・・・文句なんてあろうはずがございませんわ、ご 当 主 様」


うわぁ・・・すごく険悪な雰囲気になってる。

親族会議の間も、ずっとこんな張り詰めた空気だったんだろうか。

料理人の支持した通りの順番で料理を給仕していくけれど・・・怖くてつい手が震えてしまう。


ガチャ…


重苦しい空気のせいか、お皿を置く音がいつも以上に大きく感じられる。

そして、そう感じたのは私だけではないようで・・・


「いちいち食器の音を立てるな!」

「ひ・・・も、申し訳ありません!」


エリック様の怒号が耳を打った・・・心臓が凍る思いを感じながら、私はただ頭を下げる。


「誰が平民のお前に目を掛けてやったと思ってる?!恩知らずめ!」

「申し訳ありません!申し訳ありません!」


エリック様の怒りはなかなか収まらなかった。

私はただ身を縮め、この嵐が過ぎ去るのを待つ・・・一通り怒鳴り散らせば気も収まるはず。

しかしエリック様は席から立ち上がると、私の手首を掴んで捻り上げた。


「いた・・・痛い・・・エリック様、どうかお許しを・・・」

「に、兄さん・・・そ、それくらいにしてあげなよ・・・」

「ふん、随分な口を利くようになったなエドワーズ・・・この平民娘が気に入ったか?」

「そ、そんなわけじゃ・・・」

「お前にくれてやろうか?どうせ代わりなどいくらでも・・・」

「・・・最低」


姉妹達の冷ややかな視線もエリック様には届いていないようで・・・私の手首を掴む手により一層力が入る。

腕と肩の関節が軋み、刺すような痛みに私の頭は何も考えられなくなっていた。

この痛みから逃れようと、無意識に身体が捻られた方向へ追従しようとする・・・もう立っているのも難しい。


キキィィ…


そこへ響いてきたのはドアの開く音だった。

手入れの行き届いていない食堂のドアだけど、まるでわざと大きく軋ませたかのような遠慮のない開閉音。

音に気を取られたエリック様の手が緩み・・・彼の手を離れた私の身体はバランスを失って床に投げ出された。


「皆様ご夕食の最中に申し訳ありません・・・お腹が空いてしまって・・・私にも何か食事をいただけないでしょうか?」


そこに現れたのはアーステール様だった。

優雅な所作に対して、いささか間の抜けた申し出・・・しかし無理もない・・・予定にない来客である彼女には、昼食さえも用意されていなかったのだ。

この屋敷で彼女が口にしたのは私の分のパンを半分だけ・・・それではお腹も空くだろう。


「まぁ大変!すぐに用意してもらうわ、早く厨房に伝えなさい」

「は、はい・・・ただいま・・・」


肩がまだ痛むけれど、力を振り絞って立ち上がり、ふらつきながらも私は食堂を後にする。

・・・よくわからないけれど、助かった・・・助けてくれた?

厨房で料理の追加を頼むと、私はその場にへたり込んでしまった。


「・・・・・・」


肩の痛みは次第に治まってきている、今後の仕事に支障はないだろう。

その事に少し安堵して・・・でも・・・こんな仕事を続けていて良いの?

これまで怒鳴られる事はあっても、暴力を振るわれたのは今回が初めてだ。

この先もまた、あんな目に遭うのだろうか・・・


「・・・ううっ・・・」


(どうせ代わりなどいくらでも・・・)


頭の中でエリック様の言葉が繰り返される・・・平民の自分は貴族の所有物に過ぎないのだろう。

わかってはいた事だけど・・・改めてそれを強く思い知らされた。


「そこのメイド、サボってないで料理を運べ」

「は、はい・・・」


いつの間にか料理が出来ていたらしい。

意識したら香ばしい匂いが漂ってきていて・・・さすが王宮料理人、その腕は確かなようだ。

彼のような技量があれば、平民でもやっていけるのだろう・・・でも私には・・・


(本当にソアレさんがいてくれて良かったわ)


・・・不意にその声が思い出された。

貴族らしい優雅な振る舞いをしたかと思えば、年相応の子供のようにも笑う不思議な子。

そうだ、この料理は・・・彼女の為の・・・


そう思うと少しだけ、身体が軽くなった気がした。

早く運ばないと・・・きっとお腹を空かせている事だろうから。




「だから、それで納得出来るわけがないでしょう?!」

「お前の納得など知った事か!」

「・・・」


料理を運んで食堂に戻ると・・・兄妹喧嘩の真っ最中だった。


「長男の私が家を継ぐのは当然の事だ、財産を分けてやるだけでも感謝したらどうだ」

「それが正当な額ならね!お父様の財産はそんなものではないはずよ!いったいどこに隠したの?!」

「何度も同じ事を言わせるな!遺言にある通り、親父殿がどこぞへ隠したのだ」

「フン、私は騙されないわ・・・どうせお兄様が使い込んだのでしょう?」


「あ、あの・・・私はどうしたら・・・」

「に、兄さん・・・姉さん・・・」

「貴女は気にしないで・・・この子に料理を・・・」

「は、はい・・・」


エリック様とエリーザ様・・・お2人共、すっかり興奮してしまって周りが見えていない様子だ。

エドワーズ様は喧嘩を止める事も出来ず、ただオタオタするばかり。

ただひとりエミリー様だけは落ち着いていて・・・あ、でも目が笑って・・・この状況を楽しんでいる?


「アーステール様、お料理です」

「ありがとう・・・」


料理をお出しすると、アーステール様はナイフで音も立てずに切り分けて・・・

やはりテーブルマナーも教わっているのか、その姿はすごく様になっている。

しかし切り分けた料理を次々にパンに乗せていくのは・・・マナーから逸脱しているような・・・


「はい・・・ソアレさんの分よ」

「え・・・」


そう言ってそのパンを差し出してきた。

う、受け取ってしまって良いのだろうか・・・私なんかには縁のないはずのお料理なのに・・・


「お昼のお礼・・・今ならバレないわ、食べて」

「・・・た、確かに・・・ありがとうございます」


喧嘩中のお2人はもちろん、残りのお2人も喧嘩の方に注意が向いている。

この隙にこっそり食べても見つからないだろう。

おそるおそるパンを口に運び・・・あ・・・おいしそうな匂いが・・・


「・・・おいしい」

「ね・・・ふふっ」


2人で顔を見合わせて微笑む。

こんな美味しいお料理を食べたのは初めてだ。


その間も、兄妹喧嘩は熱を帯びていき・・・やがて状況は動き出す。


「何年か前にお父様から引き継いだ領地の経営が上手くいってないのよね?借金もあるそうじゃない」

「エリーザ、どこでそれを・・・」

「呆れた・・・やっぱりあの噂は本当なのね・・・」

「せ、先行投資というやつだ・・・結果が出るのが遅れているに過ぎん!」

「それはどうぞご勝手に・・・でも、その損害を補填するために遺産に手を出したなら取り分は変わるわよね?!」

「それは違う、私は一切手を付けてはいない!」

「どうだか・・・とても信じられないわね」


領地経営の不振が発覚した事で、すっかりエリック様は劣勢に立たされていた。

その領地にはこの屋敷も含まれる・・・ひょっとしたら屋敷の人員が削られたのも、それが影響しているのかも知れない。

すっかり優位を確立したエリーザ様は、冷え切った目でエリック様を見ていた。


「お金が足りないならエマリーやエドワーズにでも泣きつく事ね、少なくとも私は『本来の遺産の額』を元に請求させていただきます」

「だから本当に・・・親父殿が財産を隠して・・・」

「『星の光』?それとも『見えざる射手』だったかしら?・・・くだらないお遊びに付き合う気はないわ」

「遊びなものか!親父殿以外に誰があんな・・・」

「なら、ご自分でその謎をお解きなさいな・・・見つかると良いわね」

「く・・・」


なにやら知らない単語が出てきた・・・話の流れから察するに遺言に関わるものだろうか。

そのままエリーザ様は勝ち誇るように堂々とした足取りで食堂を後にする。

・・・その途中、私と目が合った。


「ソアレさん、だったかしら?」

「は、はい・・・」


その瞬間、私を見るエリーザ様の目が鋭さを増した気がした。

う・・・なんか聞いてはいけない事をたくさん聞いてしまった気がする。


「わかっていると思うけど、ここで聞いた事は・・・」


やはりというか・・・エリーザ様の追及は、予想した通りのものだった。


「はい、一切他言いたしません・・・」

「賢明ね、賢い子は好きよ・・・うちで欠員が出たら雇ってあげてもいいわ」

「あ、ありがとうございます」


その言葉がどこまで本気なのかわからない。

・・・けれど、彼女の元で働くのもそれはそれで大変そうな気がした。


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